28.恋を貫いて
恋に一途なのは、どうやらゲイツ伯爵家の血筋であるらしい。
私の父もそうだった。
ゲイツ伯爵家の次期当主でありながら、メイドである平民の母と恋に落ちた。そうして双子の弟にあっさり後継を譲ると、母を連れて伯爵家を出奔したのだ。
「お父さんのお父さん……つまりは先代のゲイツ伯爵は、私の父に迫ったそうです。今すぐ母と別れるか、それとも伯爵家から勘当されるのを選ぶか、と」
先代としては脅しのつもりだったのだろうが、私の父は少しも迷わなかった。
一平民として母と生きる方を選んだのだ。
じきに私が生まれ、父は私を「ベル」と名付けた。
一年ほど先に生まれた弟の子が「マリアベル」という名で、そこから拝借したらしい。
「伯爵家を出奔する前もしてからも、父と叔父はすごく仲のいい兄弟だったんですって。勘当されてから表向きには兄弟と名乗れなくなったけど、それでも二人は家族としての繋がりを保っていたかったみたい」
マリアベルお嬢様と私は、互いの父から全く同じ髪色を受け継いだ。
私が生まれてからというもの、叔父はマリアベルお嬢様を連れてたびたび平民街まで遊びに来たそうだ。お嬢様と私が並ぶとまるで姉妹のようだ、と父も叔父も目を細めて喜んでいたという。
「母が、そう話していました。だから弟の子とお揃いの名前にしたい、と打ち明けられたときも、まあ仕方ないか、って笑ってしまったって」
ただし、長ったらしい名前は駄目だからね?
この子は貴族令嬢ではなく、普通の平民として生きるのだから。名前は呼びやすく短く、極力シンプルに!
「母がそう説得したらしいです。本当は父としては、『マリアベル』みたく『何とかベル』にしたかったらしいんですけどね。単なる『ベル』になっちゃいました」
それでも、私は自分の名前が気に入っている。
明るい音色で鳴り響く『ベル』のように、周囲を照らせる人になりなさい。
父と母からそう言い聞かされて育ち、何度も優しく呼ばれた名前だからだ。
「……っ」
不意に亡き両親の面影がよみがえり、私は唇を噛み締めた。
うつむいて悲しみをこらえていたら、力強い腕が私を抱き寄せる。私は肩から力を抜いて、そのまま体を預けて目をつぶった。
ぽんぽん、と優しく一定のリズムで背中が叩かれ、高ぶった気持ちが落ち着いていく。
「……お父さんと、お母さんが、流行り病で亡くなった時。私はまだ、たったの八歳でした」
一人ぼっちになった私を、叔父さんが迎えに来てくれた。
養女にしてくれると。家族になろうと言ってくれたけど、私はその手を取らなかったのだ。
「だって、私はただの『ベル』だから。貴族にはなれないの。そうでしょう?」
かたくなな私を説得するのを叔父はあきらめ、代わりに住み込みのメイドとして雇ってくれた。
けれど当然のことながら、まだ幼い子どもが満足に働けるはずもない。メイドというのはあくまでも名目上で、実際あの頃の私はマリアベルお嬢様の遊び相手だった。
「マリアベルは、お前が従姉妹だとは知らなかったのか?」
私の背中を叩く手は止めず、アレクシス様が静かに問い掛ける。
目を閉じたまま、私は小さくうなずいた。
「お互い覚えていないぐらいの、ほんの小さな頃にしか会っていなかったから。マリアベルお嬢様に物心がついてからは、叔父さんは一人で遊びに来ていたの」
子どもの口は軽いから、家族に隠れて兄と交流を続けていることを知られるわけにはいかなかった。
アレクシス様は「そうか」とうなずくと、首をひねって背後の壁に目をやった。この部屋の向こうでも、今まさに旦那様……叔父さんが、マリアベルお嬢様とデズモンドに同じ説明をしているはずだ。
食堂から宿屋へと戻った私たちは、それぞれの部屋へと二手に別れた。
私の部屋でアレクシス様に、そしてアレクシス様の部屋でマリアベルお嬢様とデズモンドに。私と叔父さんは、ゲイツ伯爵家との血の繋がりについてみんなに打ち明けることにした。
「今ごろ、マリアベルはカンカンなんじゃないのか。どうして隠していたんだ、とな」
「でしょうねぇ。目に浮かびます」
アレクシス様の胸の中で苦笑していたら、頭がもぞもぞする感触がした。
ん?と思って顔を上げると、「動かないでくれ」とアレクシス様から慌てた様子で止められる。
「大丈夫、ソニアから習ったから完璧だ。ここをこう、まとめて……、くるっと、ひねって……? グッと差し込んで……」
「あイッタタタタ!? こらぁっ、一体何やってんの!?」
「わっすまない!?」
髪を引っ張られる痛みに悲鳴を上げる。
涙目でアレクシス様の胸から顔を上げると、アレクシス様の手に光る何かが握られているのに気がついた。
……え?
「……わあ。なんて、きれい……」
私は息を呑み、吸い込まれるようにその手に顔を近づける。
アレクシス様が照れたみたいに頬をゆるめた。
「注文していた魔石の加工が終わったんだ。……見てくれ。大粒魔石をあしらった、銀の簪だ」
藍の地色の魔石の中で、きらきらと光が舞い踊っている。
魔石を囲む繊細な銀の細工は、あくまで魔石を引き立てるように控えめなもの。私は恐る恐る手に取って、ためつすがめつ簪を観察した。
「お前の淡い金髪に合うよう、銀の簪にしてくれたそうだ。それにこれならば、派手すぎず普段使いにできるだろう?」
アレクシス様の言葉に、私は魔石に見入ったまま大きくうなずく。
髪飾りは着けてさえしまえば自分からは見えないから、魔石の美しさに見とれて時を忘れる心配もない。
いっそ着けているのを忘れるぐらい邪魔にならず、実用的で、毎日飽きずに身に着けられるもの。まさに私の希望通りだった。
「……ドロッパゲを振る舞って、求婚の魔石を捧げて。そして最後の仕上げとして、この簪でお前の美しい髪を飾る。コンラートに散々駄目出しされながら改善を重ね、必死で練り上げた計画だったのだが……」
「実際は踏んだり蹴ったりでしたねぇ。簪だって、全然上手に着けられないし」
含み笑いしてからかえば、アレクシス様がしょんぼりと眉を下げた。
本気で落ち込んでいる様子の夫に、私は声を上げて笑ってしまう。
笑いながら、腕を回してその胸に飛び込んだ。
「――だけど私は、そんな不器用なアレクシス様がすごく好き」
「……っ」
ぴったりと胸に付けた耳に、ばくばくと大騒ぎするアレクシス様の鼓動が聞こえる。
しばらく楽しく堪能してから、私はそっと顔を上げた。アレクシス様の頬に手を伸ばす。
「さあ、最後ぐらいは計画通りに頑張りましょう? 私、ちゃんと耳を澄ませて聞きますから。……簪で私の髪を飾って、何て伝えるつもりだったの?」
小首を傾げてみせれば、アレクシス様が何度も深呼吸する。
潤んだ瞳で私を見つめ、やがてふわりと笑った。
「ベル。俺が心から愛するのは、『ただのベル』であるお前一人だけ。――どうか俺と結婚し、俺の本当の妻になってほしい」
そんなの、答えなんかとっくに決まっている。
だって私は、恋に一途なゲイツ伯爵家の娘なのだから。
「はい、もちろんですっ!」
嬉しさと照れくささが限界突破して、私は衝動のままにアレクシス様を押し倒した。
アレクシス様はぺしゃんこになってソファに倒れ込み、私は彼の上に乗っかってくすくす笑う。パタパタと足を跳ねさせながら、上機嫌で簪を眺める。
「本当に、すっごく綺麗。帰ったら早速ソニアさんに着け方を習わないと!」
「…………」
「ん、アレクシス様? どうして顔を隠してるの? あっもしや、私が重すぎるとか……?」
私の下敷きになったアレクシス様は、微動だにしていない。
恐る恐る問い掛ければ、腕で顔を覆ったまま彼はぎくしゃくと首を横に振った。
「……お前は、軽い。が、幸せの重みを、噛み締めていた……。ううっ、これは本当に現実なのか……!?」
うめくような声が漏れてくる。
ほうほう、なるほどなるほど。
そっかそっか。
ならば、せいぜい噛み締めて実感してもらうことにしよう。
簪を手に握り込み、私はアレクシス様の胸に再び耳を寄せる。鼓動が落ち着くまで、まだずいぶんかかりそう。
目を閉じていたら、隣の部屋からバタンと大きく扉が開く音がして、その後で慌ただしい足音が聞こえてくる。残念。やっぱりこうなっちゃうよね。
――幸せいっぱいのこの空間に、マリアベルお嬢様が突撃してくるまであと数秒。




