17.相変わらず猪突猛進なんだから
「はい、ペルレアに到着です。お二人ともお疲れ様でございました」
「ああ。ピエールもご苦労だったな」
「お、お疲れ様です……!」
日が暮れるギリギリに、私たちは宿場町ペルレアに降り立った。
長時間の馬車旅で私はクタクタだったが、アレクシス様は朝とは真逆にすっかり元気を取り戻していた。
なんとなく恨めしい気持ちになって、私はアレクシス様の腕をつねってやる。
「たくさん眠れてよかったですねぇ~」
「お前だってそうだろう。俺に寄りかかって、幸せそうにぐうすか寝ていたくせに」
どうしてだか、目覚めてからアレクシス様はずっと機嫌がいい。
私が目を開けたとき、アレクシス様はすでに起きていた。寄りかかる私をじっと見つめていて、「おはよう」と優しく笑ってくれた。
こころなしか肌艶まで良くなっているアレクシス様を見上げ、私はしみじみ納得する。
「やっぱり人間、睡眠が大事なんですね。眉間の皺まで綺麗さっぱり消えてるし」
「ふっ、まぁな。今の俺は無敵だ、絶好調だ。何だってできる気がしてきた」
「多分それ気のせいだから」
からかいながら、本日の宿へと向かう。
ピエールさんは使用人向けの部屋に泊まるらしい。今日はもうお役御免で、今から酒場へと繰り出すのだそうだ。朝早くからずっと働きっぱなしだったのに元気だな~。
「ベル。腹具合はどうだ?」
「もうぺっこぺこです! 今日は一食しか食べてませんし」
「なら、ペルレアで一番有名な店へ行こう。名物料理が選り取り見取りだぞ」
やったー!
宿屋からそう遠くないとの話だったので、徒歩で向かうことにした。
人や馬車がせわしなく行き交う通りを行けば、アレクシス様が「あの店は魔物を材料にした珍しい菓子を売っている」だの「こいつは魔物の骨で作られた魔除けのお守りだ」だのとまめに解説してくれる。初めて訪れる街は興味深くて楽しいものでいっぱいで、一日中座りっぱなしでカチコチだった体がいい感じにほぐれていく。
「ああ、言っておくが初めてではないぞ? お前を辺境に連れてきたときは、そのまま通過してしまっただけだ」
「えっそうだったんですか?」
「ここは領境の街だから、隣の領から辺境へ来る者は必ず通過することになる」
ふぅん。
まあ最初のときは長旅に疲れ切っていて、観光どころじゃなかったからまあいいけれど。今こうして二人で楽しめてるしね。
「さ、着いたぞ」
「わあ、いい匂い!」
さすが街一番の食堂なだけあって、お客さんがいっぱいだ。
アレクシス様が「邪魔するぞ」と軽く手を上げながら足を踏み入れれば、お客さんたちは目を丸くした。
「領主様!」
「ちょっと、アンタそっちに詰めて! 領主様に席を空けて!」
「ああいいよ、オレらがそっちのテーブルに移ってやるよ」
ぽかんと立ち尽くす間に、あっという間にお客さんたちが協力して真ん中のテーブルを空けてくれる。
笑顔の店員さんがすばやくテーブルを綺麗にして、どうぞ、と椅子を引いてくれた。
「あ、ありがとうございますっ」
「まあ、お可愛らしい。もしやこのお方は、領主様の……?」
「妻だ。式はまだ挙げていないがな」
ふんぞり返っての宣言に、食堂がわっと湧く。
私は身の置きどころがなくて、真っ赤になってアレクシス様を揺さぶった。
(もお、目立ちすぎっ)
(許せ。妻を自慢したいんだ)
涼やかな声で耳元にささやきかけられ、心臓が止まりそうになる。破壊力の高さに私はもう再起不能だ。家庭内暴力反対ー!
「ていうか、大丈夫なんですか? 領民さんたちに嘘なんかついちゃって。私たちは正式な夫婦じゃなくて、あくまで今は新婚ごっこをしているだけなのに」
唇を尖らせてそう訴えれば、アレクシス様は一転して生真面目に顔を引き締めた。
「俺の心はもう、とっくに決まっている。嘘で終わらせるつもりなど毛頭ない。今後真実に変えていけるよう、たとえどれだけ時間がかかろうとも、腐らず努力を続けていくだけだ」
「え……?」
予想外の言葉に、私は驚いて息を呑む。
絶句する私から目を逸らさず、アレクシス様はぎこちなく笑んだ。
「待っていてくれ、と言ったろう? お前に心を尽くして、俺の思いを伝えたい。……今日だってそのために入念に準備を整え、満を持してお前を誘っ――……ていや何でもないまだ早かった! 全然気にするな今のは聞かなかったことにしてくれっ!」
んん?
突如慌て出した夫を、私はまじまじと見返した。
……つまり、どゆこと?
アレクシス様は私に気持ちを伝えたくて、今日の旅行を計画してくれたってこと?
(そういえば、昨夜は一睡もできなかったって言ってたよね)
もしやそれって、準備に時間がかかったから?
それとも、緊張しすぎて眠れなかったから?
それともそれとも、その両方?
「……っ」
不覚にも胸がときめいて、抑えようもなく笑みがこぼれる。
アレクシス様は冷や汗をかきながらメニュー表を睨んでいるが、ちらちらと私の様子を気にしているのは丸わかりだ。
アレクシス様の視線を感じながら、私はあざとく小首を傾げてみせる。
「んん~、何だろ? 夫が何を言いたいのか、妻はさっぱりわかんないなぁ~?」
「……ベル、お前。わざとらしいにも程があるぞ」
顔を赤くするアレクシス様に、私は余裕たっぷりに微笑みかけた。
「えへへ。一体何をしてくれるのか、楽しみに待っていますからね?」
「!……お、おう。任せろ」
茹でダコみたいになりながらも胸を張る。
アレクシス様の不器用な言葉が胸に沁みて、空腹なんかどこかへ吹っ飛んでしまった。
せっかく本物の夫婦になりたいと言ってくれたアレクシス様を、私は手酷く断った。
断ったくせに、もう二度と以前みたいな関係に戻れないかもしれない、と身勝手に怯えた。
(……でも……)
待っていてほしい、と言ってくれた。
心を尽くす、と言ってくれた。
どうしてか、それが飛び上がりそうなほどに嬉しい。涙がこぼれそうなほどに心が動く。
その理由に――私はもう、気づき始めている。
一生懸命に料理の解説をしてくれているアレクシス様を、私はぼんやりと眺める。
(……ねえ、アレクシス様。私はもう、マリアベルお嬢様の代わりじゃないって思っていい?)
私の視線に気づいたアレクシス様がこちらを向いた。目が合っても逸らさずにいれば、アレクシス様が照れたみたいに顔を伏せる。
私はくすくす笑って、剣ダコのできたアレクシス様の固い手をそっと握った。
「あのね? アレクシス様、私……」
「――もお、うんざりよっ! 魔物食以外を食べさせる店は辺境に存在しないわけっ!?」
突如として響いた甲高い声に、私はビクッとして手を引っ込める。……この声。
「……マリアベル様。他のお客様のご迷惑になりますので、どうか落ち着いてください」
「だってデズモンド、どの店も馬鹿の一つ覚えみたいに魔物食ばかり勧めてくるのだもの! わたくしはそんな野蛮なもの、たとえ飢え死にしようとも口にしな――……っ」
とっさに隠れようとしたけれど遅かった。
さっきまで怒り心頭だったそのひとは、ぽかんと口を開けて立ち尽くした。
そうして、みるみるその顔に喜色を浮かべていく。
「――ベルッ! 嘘みたい、こんなにすぐに会えるだなんて……!」
あっちゃあ、と私は頭を抱え込んだ。
けれどそのひとは少しも察することなく、一直線に私へと駆け寄ってくる。
仕方なく私は立ち上がり、手を広げて待ち構えた。体当りするように激しく抱き着かれ、相変わらずだなぁ、と私は苦笑してしまう。
「ベルーーーーッ!」
「はいはい。お元気そうで何よりです。マリアベルお嬢様?」




