番外編:あなたはすべてを忘れて、そして美しく笑う
……彼女は、私のことをもう覚えていない。
どんな言葉を交わし、どんな夜を過ごし、どれほど互いに触れ合ったのかさえ――。
あの夜、彼女は泣いていた。国が滅び、希望が断たれ、誓いも叶わなくなったあの夜。
私たちは、最後の時間を抱きしめるように過ごした。
「レオ。もし、私が記憶を失っても……あなたの声だけは覚えていたい」
その願いは、届かなかったのだろう。
けれど今、彼女はあの森で穏やかに暮らしている。笑って、物語を書いている。
それだけで、十分だと思っている自分が、少しだけ悔しい。
でも――もう、彼女に悲しい顔はさせたくないんだ。
あの国が滅びた朝、彼女を逃がすために私は剣を捨て、傷だらけの体で彼女を背負って森の入口まで歩いた。
魔法を使って記憶を封じる儀式の中で、彼女はすべてを差し出した。
私との時間も、私の名も、そして――私への想いも。
「忘れても、君は君だ。君の笑顔に、何度でも恋をするから」
私は今日も火を起こし、彼女の隣にいる。
それが、私に残されたすべてだとしても――構わない。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『記憶をなくした私を、森で拾った旅人は「君に会いに来た」と言った』は、
「記憶をなくしても愛されること」「過去を知らなくても、今を生きること」がテーマの物語です。
主人公が記憶を思い出さない選択をしたのは、彼女の幸せが“今ここにある”と信じたかったからです。
騎士レオのやさしさが、読んでくださったあなたの心にも静かに届いていたら嬉しいです。
ブクマや感想など、とても励みになります。ありがとうございました。