第1話:君は誰? 私は、誰――?
切ない恋を書きたくたくて書いてみました。6話で完結のサクッと読めるストーリーです。お楽しみいただけると嬉しいです。
目が覚めたとき、私は森の中にいた。
名前も、理由も、何も思い出せない。ただ、木々のざわめきと、どこか遠くで鳥の鳴く声だけが、世界の輪郭を与えてくれていた。
身体は傷ついていない。寒くもない。だけど、心のどこかがずっと空っぽのまま、ぽっかりと穴が空いているような気がしていた。
「……君、やっと起きたのね」
声がした。
小さな黒猫が、私の顔を覗き込んでいた。まるで当然のように話しかけてくるその姿に驚きながらも、私は声にならないまま瞬きを返す。
「名前は……まだ思い出せないのね。まあ、いいわ。ここは“静寂の森”。思い出さないほうが、心が穏やかでいられることもあるのよ」
黒猫の隣には、白い猫もいた。こちらは何も言わず、ただ私の手に頬を寄せてくる。
ふわりとした温もりに、涙が零れそうになった。
「あなたが誰かなんて、今は関係ない。ただ、ここにいる。それだけでいいの」
その言葉に、私は小さく頷いた。
――私は誰?
それを問い続けることは、もう少しあとでもいいのかもしれない。
◇ ◇ ◇
森での暮らしは、静かで、優しくて、どこか夢のようだった。
猫たちは私に言葉を教えてくれた。火の起こし方や食事の仕方、そして、私がかつて“書くこと”を好んでいたことも。
筆を持つと、不思議と手が動いた。物語を書いているときだけは、少しだけ「私」が満たされる気がした。
そんなある日――森に、ひとりの旅人が迷い込んできた。
「……やっと見つけた」
その青年は、私を見た瞬間にそう言った。
まるで、ずっと前から私のことを知っていたかのように。
胸の奥が、少しだけ、痛んだ。
――この人、誰?
そして私は、もうひとつ問いかけていた。
――私と、どんな関係だったの……?
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