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「ティモーネ様・・・」
心配げに見つめるアンシィに一度目を向けたのち、ティモーネは力強い頷きのみを返し、すっかり聴衆と化した居並ぶ貴族たちに向けて声を張り上げた。
「まだ幼き頃にお別れになったアンシィ様は違うでしょうが、わたくしはかつてこの男と恋仲になって、婚約の誓いもないまま純潔を散らされました」
途端に響き渡る男性たちの怒声、女性たちの鋭い悲鳴を浴びてレオスは気まずげに顔を伏せた。
格式と血統を何よりも重んじる貴族にとって、婚前交渉は明確な禁忌である。
未婚の令嬢が処女ではないと知られればそれだけで重大な瑕疵となり、まともな嫁ぎ先など望めまい。貴族女性としてのまともな人生はその時点で断たれると言っても過言ではない。
仮に婚約していたとしても、白い目で見られるのは当然の話であるが。
「当時のわたくしは、今思えば本当に愚かな女でした。真実の愛なる戯言を本気で信じ込み、家族からの再三の忠告にも耳を貸さず、この男の言うがままに身を任せたのです。まさか、その後すぐに『聖女ではないから』などと言って、捨てられるとも知らずに」
「っ」
レオスはしきりに目を泳がせていたが、ハッとしたようにティモーネに反論した。
「そ、それは誤解というものだ・・・ティモ、いや、皇妃殿下!た、確かに私は君と恋仲になってから更に深い縁を繋いだ。だが、それは君が本当に聖女なのかどうか調べるための厳正な確認作業に過ぎない!」
「そんな屁理屈を」
「だってそうじゃないか!?そもそも・・・真実の愛とは一体なんだ!!!」
レオスの絶叫に、場内はシィンと静まり返った。
核心をついた問いかけに誰もがハッとさせられたのだろうとレオスは意気込む。
事実を言えばお前がそれを言うか、そんな感情でみんな絶句してしまっただけなのだが。
「誰がほざいていやがりますのかしらこの破廉恥野郎が」
「だっ誰が破廉恥だ!さっきから口が野蛮すぎるぞっ・・・いや、そんなことは今はどうでもいい!私は改めてこの場にいる皆に聞きたい!それじゃあ私はどうやって真実の愛であるか証明すればよかったと言うんだ!」
かつてないほどの熱を帯びてレオスは必死に訴えた。
「婚前交渉がタブーであることくらい私だってわかっていた。しかし、私の直感が当時のティモーネが聖女と告げていても、互いに言葉や態度で愛を語り合ってもティモーネは聖女として覚醒する兆しはなかった・・・であるなら、更に深く愛し合わなければいけないと考えてなにがおかしい!?」
レオスとてあの当時は葛藤したのだ。
ティモーネが聖女だと直感で感じるのはレオスのみ。どれだけ誠実に愛を語り合っても聖女の兆しも見られない中、更なる判断材料を欲していた。
しかし、聖女かまだ断定できないティモーネとは婚約できない。それでも彼女との仲を更に深めてもいいのだろうか、と。
随分と悩みに悩み、ついには一人で抱え切れずに母ロメーラにまで相談した。
彼女は愛する息子に、慈悲深い笑みを讃えてこう告げた。
『女の子ってね?レオス・・・好きな人にはいつだって抱かれたいものなんだよ?結婚するとかしないとか関係ないの!お高くとまった貴族のご令嬢たちだってみんなそう』
「そう・・・既に真実の愛で結ばれていた母がいうのだからと、私は覚悟を決めて君と深く愛し合ったんだ!!」
「諸悪の根源はあのクソバ○アだったとは・・・今からでも殴りに行ってやろうかしら」
ボソリと低い声で落とされたセリフに、レオスは目を剥いた。
「ク、バ!??なんだと!?貴様先程からなんて無礼な物言いをしている!!」
「あなたの方こそ身分を弁えなさいな。皇妃への不敬として罪に問うてもかまいませんのよ?」
ティモーネの後ろに控えるレオスよりもはるかに鍛えていそうな女性騎士たちが揃って帯剣の柄に手をかけたのを見て、ぐっとレオスは押し黙り慌てて頭を下げた。
「こ、これは失礼をいたしました・・・しかし!愛する母を侮辱する言葉は決して看過できなかったもので」
「あらそう・・・ま、いいわ。それで?メルクリア王国第4王子殿下?あなたがわたくしの純潔を奪ったのは、聖女を見いだすために必要な行為だった、と主張するのね?」
「・・・そうです。私はなんら疚しい気持ちはなく、純粋に貴女さまを真に聖女と思ったからこそ、悲壮な決意を固めたのです」
「耳触りの良い言い回しだこと・・・けれど先程、聖女の真実の愛の相手はあなたとは限らないと証明されたけど?」
「た、確かに、今この場かぎりを見てみれば、私がした行いは無用であったと言えるでしょう。しかし、それはあくまでアンシィ・・・いえ、サイフォス公爵夫人が公爵と真実の愛で結ばれ聖女として覚醒した今だからこそ、証明されたことでもあります」
レオスは胸を張って、なんら恥いることのない真実を伝えた。
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