皇妃の告発
「き、君は・・・!」
「おひさしゅうございますわね殿下」
予想だにしていなかった女性の登場に涙は引っ込み、慌てたようにレオスは立ち上がる。
腰まで靡く豊かなグレージュの髪に勝ち気に吊り上がった鋭い金眼、深紅のドレスに身を包んだその女性の名前は、ティモーネ。
以前レオスと恋仲になった過去を持つオルギルス公爵家のご令嬢である。
そして今は、
「偉大なるオルロワ帝国の輝くティモーネ皇妃殿下、ご機嫌麗しゅうございます。今宵はようこそ我が公爵邸においでくださいました」
レオスの時とは違い、明らかな歓迎の意を言葉に乗せて、ゼノンが恭しく礼を取る。
その傍でアンシィがカーテシーをし、背後に控える者達もまた一様にそれに続いた。
今や直立しているのはレオスだけであり、複雑な感情はひとまず置いて、レオスもまた不服そうにだが挨拶を返す。
「お、おひさしゅう存じます、皇妃殿下」
メルクリア王国の隣人とはいえ国の規模は比べるまでもない、強大な覇権国家であるオルロワ帝国。
レオスが王子といえど、ましてかつては恋仲になったこともある女性といえども、今やオルロワ帝国皇帝に嫁ぎ皇妃となったティモーネの方が明らかに立場は上であった。
(だが、その境遇を思えば・・・)
レオスはやるせ無さに唇を噛み締めた。
「ふ・・・あの頃は二度と顔も見たくないと思っておりましたが、このような機会であれば存外悪くはありませんわね」
あいも変わらず可愛げの欠片もない憎まれ口を叩くティモーネだが、一時はそんな彼女を理解しようと努力していたレオスにはわかっている。
これが彼女なりの自衛手段であり、本当は脆弱な本性を必死に隠そうとしているだけだということを。
(生意気な口も、そう思えば可愛らしく思えた・・・まあ、やはりあまりの苛烈さに聖女らしくないと判断したが)
レオスに別れを告げられたティモーネは、その後失意のどん底にあったのだろう。逃げるようにオルロワ帝国に嫁ぐことを決めたと聞いている。
しかし大国オルロワ帝国の皇帝といえば、【狂王】との二つ名がつくほど恐ろしい御仁。何よりレオスの二つ年上であったティモーネとは十以上歳が離れており、更に言えば死別した皇妃の後添えである。
若くして急死したと言われる前皇妃の死因は明かされていないが、狂王の逆鱗に触れ斬り捨てられたとの噂もある。
そんな男の妻となったティモーネが今現在幸福であるはずがなく、こうして対峙するレオスのことを汚物でも見るように睨め付けているのも、腹立たしくあるが仕方がないことなのかも知れない。
(・・・逆恨みだが、これはあまりにも激しすぎる愛情の裏返しなのだろうな)
そんな風に憐れんでいたレオスに向けて、ティモーネは鋭い刃を向けてきた。
「先程から見ておりましたが、なんだかおかしな話ね?加害者がなにを悲劇の王子ぶっていらっしゃるのかしら」
「・・・なんだと?」
耳を疑う発言にレオスは思わず立場も忘れた。
静かな怒りの炎が沸々と腹の底から湧いてくるようだ。レオスは努めて落ち着こうと自らに言い聞かせたが、そんな努力を嘲笑うかのようにティモーネは更なる爆弾を投下した。
「加害者ではなければなあに?真実の愛を騙り純粋な乙女に近づき、その純潔を散らした挙句こっ酷く振る最低最悪のペテンやろうかしら!」
「な・・・!?」
これまで以上の衝撃が周囲を襲った。
レオスもまた、まさかティモーネがそのことについて言及するとは思ってもいなかった。