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(アンシィが、結婚?私がようやく真実の愛に目覚めたというのに、既に他の男と結婚していたというのか・・・?)
レオスは思わず天を仰いだ。こんな悲劇があっていいのだろうか。
聖女を見つけ出すため、他の女性と交際を重ねていた間に、無情にもアンシィは他家に嫁いでいたなんて。
そういえばアンシィはレオスと同い年。とっくに成人も過ぎ去った貴族女性が本人に瑕疵もないのに未婚のままいられるはずもない。そのことにレオスは今更ながらにもようやく思い至った。
(ならばこれはおそらく、愛のない政略結婚か・・・?くそ!既にアンシィは政争の道具にされていたということか!)
レオスは初めて自分のこれまでの行いを悔いる思いだった。もっと早く真実の愛に目覚めていれば、アンシィをこんな男に嫁がせることはなかったのに。
大きく深呼吸をして、レオスは決意を新たにした。
(今嘆いても仕方ない。ならばこそ、アンシィに私が真実の愛に目覚めたことを教えてやらなければ)
アンシィは聖女として覚醒した、ならば今も本心ではレオスを愛していることは間違いない。先程のレオスを拒絶するような態度も、おそらくレオスが本当にアンシィを愛しているのか、疑心暗鬼になっているからに違いない。レオスはそう理解した。
そんな束の間の熟考を終えて、レオスは安心させるようにアンシィに笑いかけてやる。
「どうか、不安に思わないでほしい。今宵私がここに来たのは、君に真実の愛を伝えるためなんだ」
「・・・真実の愛、ですか?」
「そうだよ。アンシィ・・・私はね?幼き日に君に別れを告げ、聖女を探し出すため、宿命に身を投じようと決意した。それから何人の聖女候補と出会っただろう?」
表情の無かったアンシィの眉間が僅かに皺を刻んだ。きっとレオスが自分以外の女性と関わったという事実を告げられて、嫉妬の念を抱いたのだろう。アンシィがレオスを愛している確かな証だと、レオスは自信を持って続ける。
「苦しむ王国の民のため、私は自らの行いを誇ることこそあれど、決して後悔など抱いたことはなかった・・・でも今は、もっと早く気づけばよかった、と思っている。アンシィ?君にこのような愛のない政略結婚をさせていただんて・・・だがもう大丈夫だ。私は君との真実の愛に目覚めた。私レオス・メルクリアはアンシィ・プネウーアのことをあ」
「お言葉ですが」
レオスの壮大な愛の告白のまさにその時を遮るように、アンシィは冷静に言葉を紡ぐ。
「ゼノン様と私の婚姻は、政略結婚ではございません」
「・・・あ?」
「愛のない、との言葉も撤回していただきとうございます。私は心よりゼノン様をお慕い申し上げております」
「あ??」
お淑やかなアンシィが珍しくも声を張り上げゼノンへの愛を口にした。
それを聞いていた周囲のどこかあたたかな視線を感じ取ったのか、表情は凛としたまま変わらずも、みるみる頬が赤らんでいくのがわかる。そんなアンシィの顔をレオスは呆気に取られて見ているしかなかった。
「ふふ」
殺しきれない忍び笑いと共に、ゼノンはそんな妻の頬をするりと優しく指先で撫でてから、
「私としても、妻のアンのことをこの世の何よりも愛しておりますよ。夫婦仲はこれ以上言えば惚気か自慢になる程良好ですしね」
最後のセリフに、周囲からは微笑ましげな笑い声が溢れる。ゼノンと同世代であろうとある異国人風の男性からはからかいを含んだ野次まで飛んだ。
この場に集う誰もがみな、若きサイフォス公爵夫妻の仲を認め、確かな愛情があることを微塵も疑っていないのが空気でわかる・・・たった一人を除いて。
「う、嘘だ。嘘だろう?そんなはずはないじゃないか。だって、君は聖女なんだぞ?!私と真実の愛で結ばれてなければ覚醒など」
しかし、いつの間にか頬の赤みが消えて冷静さを取り戻していたアンシィは揺るがない。
「確かに・・・私は真に誰かを愛するという事をゼノン様から教わり、その結果としてこの度、聖女の力を発現出来たのかもしれませんわ。けれど、それと殿下の真実の愛と・・・なにか関係があるのでしょうか?」
強い輝きを湛える菫色の瞳に見据えられ、レオスはなにか胸騒ぎのようなものを覚えたが、あえてそれには見て見ぬ振りをした。
「関係もなにも・・・それこそ私が背負ってきた宿命だ!」
「ええ。6歳の殿下が神のお告げを授かり、聖女を見いだすこと。聖女は真実の愛を知り覚醒すること。十二分に理解しております」
「ではっ」
「再度お尋ねいたします。聖女の真実の愛と、殿下の求める真実の愛・・・それになんの関連があるというのでしょうか?」
「そ、れは・・・」
怯むことのないアンシィの強い言葉に晒され、レオスは頭が真っ白になった。
ふと、何かを思い出すようにアンシィは憂いを帯びた顔で瞳を伏せる。
「殿下が、ご両親である国王陛下と第二側妃様の仲を見て、幼き頃から真実の愛に憧れ、一心に追い求めていたことは存じております。宿命を背負われた後は尚のこと・・・ですので、これまで私を含め、何人もの女性たちの中に真実の愛を探し求めていた殿下の行いについて、今更何を申し上げるつもりもございません」
「しかし」アンシィは改めて強い決意を乗せた双眸でレオスを向き直ると、
「それは果たして、聖女の真実の愛と同一だったのですか?私にはどうしてもそうは思えませんでした」
「い、いまさら何を言うんだ!アンシィ」
アンシィらしからぬ剣幕にレオスはたじろぐ。
「・・・・・・一度、偉大なる預言者である全盲の大神官様にお尋ねしたことがございます。聖女の真実の愛で結ばれたお相手は、レオス第4王子殿下なのでしょうか?と」
「な!!」
静まり返って聞いていた者たちもみな、アンシィのその発言には大いに動揺を示した。