サイフォス公爵家の夜会
今日は4編更新します。
王妃の生家であるサイフォス公爵家の王都にある屋敷ではその夜、国内外の賓客を招いて大規模な夜会が催されていた。
数ヶ月前、新たに公爵家当主となった王妃の弟はもちろんながら、この日出席者の目を一番引いたのは招待客のひとりアンシィ侯爵令嬢であるだろう。
幼き頃、レオス第4王子の婚約者であったアンシィ・プネウーア。
彼女が手ずから世話をしている草花の成長が異常に早いことが事の発端であった。
父であるプネウーア侯爵は娘の変化をいち早く察知した。聖女の兆しとして身近な草花の著しい成長は有名な逸話である。
侯爵は速やかに王都大神殿へ娘が聖女であるか否かの審査を申し出、後日正式に聖女として認められた。
今宵の夜会はアンシィが聖女と判明して初めて、衆目の場に出席する機会でもあった。
「やはり、あのお告げは正しかったのか」
「ああ。ついに聖女が見いだされたのだ」
「これで我が国の繁栄は約束されたようなものだな」
一国の王城にすら匹敵する、豪華絢爛なダンスホールの熱気を感じて、レオスは感無量というように目頭を熱くしていた。
(・・・私がアンシィへの真実の愛に目覚めたからこそ、アンシィは聖女になれたんだ)
幼き日、アンシィに身を斬るような想いをして別離を告げたあの時から、もしかしたら今日のこの祝福は決まっていたのかもしれない。
聖女を探し求めて苦悩した日々を思えば、より一層レオスは涙を堪えきれそうになかった。
そんなレオスの姿に周囲の者達がめざとく気づき、俄に当たりが騒がしくなる。
これはまずいと何とか涙を拭って、レオスはひとり素知らぬ顔をして会場内の人混みに身を紛れさせた。
本来、この宴にレオスは正式には招待されていないため、少々賢しい方法を用いて潜入を果たしているのだ。
聖女を招いた夜会に、当のレオスを呼ばないなどとの愚行を犯すのは十中八九、昔からレオスの存在を妬み、疎ましく感じていた王妃はじめサイフォス公爵家の姑息な嫌がらせだろう。
(なんて浅ましい・・・私たちが示した真実の愛の前では、あまりにも)
いっそ哀れになるほどにお粗末だ。レオスは一種の憐憫すら感じてしまう。だが、もとより眼中にもない。
王太子となった第一王子の母である王妃とサイフォス公爵家、また未だレオスを王位にと願ってやまない母ロメーラは互いを政敵と見做しているのだろうが、当のレオスにそんな野望はない。
(母上の今までの苦悩を思えば、それを成就させることによって報いとなる、と考えていた時もあったが・・・レオス、我が宿命を忘れてはいけない。そうだよね?アンシィ)
レオスの宿命は聖女を真実の愛でもって見つけ出すこと。それが叶った今、レオスはもう自分がどんな立場や身分になろうとどうでもよかった。
これからは聖女となったアンシィと手と手を取り合い、二人でこの王国に住まう者達みんなの幸福をただ一心に願っていくのだ。
そのためには王位継承権を放棄し、場合によってはプネウーア侯爵家に婿入りすることにもなるかもしれないが、レオスにアンシィ以外の望みはない。今と変わらぬ生活さえできれば不満などは何もなかった。
(しかし、王家からの正式な聖女認定の儀は半月後を予定しているというのに・・・サイフォス公爵家はそれに先んじて聖女を公の場に招くとは。なんて不敬な真似を)
周りを見渡せば居並ぶ貴族は公爵家に与する者ばかり。国外からの要人もいるのだろう、ところどころ見知らぬ者達もいるようだが、レオスはこんな敵地にひとり招かれているアンシィの身を案じた。
(プネウーア侯爵も頼りないことだ。私がいち早く気づいて潜入を果たしたからよかったものの、このような事態を予期できなかったのか・・・私とアンシィが幸せな生活を送るためにも、今回の件が片付けば少し灸を据えなければな)
世話の焼ける婚家だ、とやれやれ首を振ってレオスは気持ちを切り替える。
早くアンシィを見つけてあげなくては。きっと訳もわからずこんな場所にひとりで参加させられて、心細くて震えているに違いない。
(迎えに来たよアンシィ!)
そうして人目につかぬよう、何とか宴の中心部に近づけたレオスはアンシィをやっと見つけることが出来た。しかし、
「は?」