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「母上、今回も違ったようです」
沈んだ様子でレオスは母ロメーラと対峙していた。
ロメーラは愛する息子に寄り添い、その背中を慰めるように撫でてやる。
「そう。テオドラ嬢も聖女ではなかったのね」
落ち着いて答えるロメーラもどこかで予期していたのか、彼女が聖女ではないだろうことを。
それが空気で察せられ、レオスはふと苦い笑みを浮かべる。
「高価なプレゼントばかりをねだり、流行りものばかりに飛びつき、エスコートする先々で自慢げに他の令嬢を見下すテオドラ・・・はあ、初めて会った時の彼女はそんな人ではなかった。キラキラと誰より輝いて見えていたというのに」
レオスは手のひらで目を覆った。もう何も見たくはないとでもいうように。ロメーラはそんな傷つき疲れ果てた息子の背をそっと撫でてやることしかできなかった。
レオスはこれまで、何人かの聖女となりそうな予感がする女性と出会ってきた。
何か理論立てた方法論はない。直感が働くというのか、レオスには聖女となりそうな女性が殊更キラキラと輝いて見えるのだ。
太陽の光のようにジリジリ焼けるような眩しさではない。三日月の光が凪いだ水面を淡く照らすような、そんな儚げで神秘的な輝き。
他の人間に尋ねても誰も見ることの出来ないその輝きこそが、聖女となり得る者だけが持つ証とレオスの直感が告げていた。
「テオドラも確かにそうだった。でも今となっては・・・そんな気がする、という程度のものだったのかもしれません」
自嘲するようにレオスは呟く。幼き日にあのお告げを受けてからこれまで、レオスは必死に聖女を探し求めてきた。
断腸の思いでアンシィとの婚約を解消し、決意を新たにするためにもレオスは幼い甘えを捨てた。
聖女を見つけだすために、愛する婚約者に別れを告げた幼きレオスの行動は英断として国中の者の胸を打った。その後、幾度か新たな女性と巡り合っては交際し、しばらくして破局となるレオスを“悲劇の王子”と人々が呼ぶようになったのはいつからのことだったか。
高位の貴族令嬢はもちろんのこと、レオスは自分の目に映る輝きを信じて下級貴族の令嬢、果ては平民の娘や異国の娘とも立場を超えて縁を交えた。それでもなかなか聖女は見つからず、いつまでも真実の愛に辿り着くことの出来ないレオスの身を、心を案じる者がどれほどいてくれただろうか。
そして、それと比例するように年頃の娘達は皆、レオスに選ばれることを、聖女となることを夢見るようになった。
思い返してみればテオドラもまたそんな夢想をする輩の一人だったのかもしれない。
だからこそ、与えられるものばかりを希求し、レオスに返すものを何ら持ち合わせてはいなかった。
(・・・そうだ。在りし日のアンシィのような無償の愛など、ぼくに返してはくれなかった)
あの頃は気づくことができなかった。アンシィの誰にも変え難い控えめながら、慎ましい愛でレオスを慮って側にいてくれた日々が脳裏を過り、振り払うように強く目を閉じる。
(君ほどキラキラした女性を、見つけられないよ・・・アンシィ)
「私はいつ、聖女に・・・真実の愛に辿り着くことができるのでしょうか」
よく耳を澄ましていなければ聞き逃してしまいそうなほど、か細い声を漏らすレオスにロメーラは胸が張り裂けそうになった。
レオスはこの国に聖女を出現させる、ただそのためだけにこれまで何度も女性と恋仲になってきたのだ。その努力を、苦悩を、母であるロメーラは誰よりも知っている。時には単に女好きなだけではないか、などと下衆な勘ぐりをする者もいた。そうした心無い誹謗にも耐えてきたのだ。
ロメーラはたまらず小さく丸まったレオスをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫よ。あなたの真実の愛で結ばれた相手は、きっともうすぐ巡り会える。こんなに苦労してきた、こんなにも心をすり減らしてきたんだもん。レオスは絶対聖女を見つけ出して・・・そして、王となれるよ」
「・・・母上」
母のふくよかな胸に埋まりながら、アンシィの幻影に涙した。
その数日後のことだった。
レオスの元に、アンシィが聖女として覚醒したとの知らせが届いたのは。
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