第4章 謎多きキャディ
人類防衛機構の防人の乙女達。
対シーサーペント戦用マニュアルの作成に関わった学者達。
さらには、今回の事件を危惧する地元の団体の代表者もが集まる中。
仮設テントに持ち込まれたモニターに、馬とラクダを足して二で割ったような顔の海生生物が映し出されている。
人類防衛機構の協力会社が、既存の潜水艇を改造して開発したという、新型潜水艇の水中カメラが映している映像だ。
その映像に映る生物は、見るからに、かの学者が分類したシーサーペントの種類で言うところのマーホース。
さらに言えば、背中にはヒレがあり尾ビレは二つに割れている……間違いなく、カナダによく現れるというキャディ。
かつて日本にも現れた海生生物だ。
「確かに謎ですね」
私はモニターを見ながら首を捻った。
私の生徒が先日、偶然発見した資料もその謎に拍車をかけているからだ。
「そういえば、私の生徒が伊豆半島へと先日旅行に行った時の事なんですが、その生徒は偶然シーサーペント……それも、容姿からしてキャディと思われる海生生物が、相模湾にかつて出現した事を示す瓦版を、ある神社で発見しましてね」
それなりに重要な情報だと思い。
支局長と芦窪教授の会話に割り込む。
「瓦版によれば、天保九年……西暦一八三八年の五月の中旬に出現したそうです」
そう言いながら、生徒が撮影した写真を携帯電話で見せる。
達筆な文字、そして竜に似た容姿の生物の絵がかかれた瓦版の写真だ。
「この事件が起きた当時、地元の漁師達は、その生物を捕まえようとしつこく追い回したらしいんですが……結局は逃げられたらしいです。しつこく追い回したにも拘わらずです。逆に言えば、しつこく追い回しても生物は反撃しなかったんです。おそらく、その頃からキャディはおとなしい性格なんでしょう。なのに今回はなぜ凶暴化しているのやら」
「まさか、こんな資料があったとはッ! 貴重な記録ですねッ! 後で神社の住所とか教えてくださいッ!」
芦窪教授が目を輝かせながら携帯電話の写真を見た。
「…………資料提供、ありがとうございます伊場教授」
支局長は、静岡県の某所に、シーサーペントについての資料が残されているとは思っていなかったのだろう。驚きながらも感謝してくれた。
「しかしそうなると……まずます謎だ。なぜ、そんなおとなしいシーサーペントであるキャディは凶暴化を……?」
「寄生虫に寄生されてる可能性があるのでは?」
また一人、モニターを見ながら支局長に意見を述べた。
私と同じくマニュアル作成に関わった、環境生物学者の鷲澤玲菜教授だ。
「シーサーペントではなくクジラの話ですが、クジラが浅瀬などに迷い込む原因はいくつか存在します。そしてその中には、正常な判断能力を失う事例……寄生虫に寄生された、というのがあります」
「まさかキャディも?」
「可能性はゼロじゃありません。ですが、それについては……キャディの体を解剖しない限り分からないですけど」
確かにこの仮説が正解かどうかは、キャディを解剖しなければ分からない。
そして鷲澤教授がそう返答するなり、奥で控えてた地元の団体――環境保護団体であるらしい団体『学術教団ガイア』の団員の一人がギョッとした。
私は宗教学者ではないので、この団体については……団体の中の過激派が、とんでもない陰謀を企て、それを人類防衛機構によって阻止されて、そしてそれ以降、過激派に抑えつけられてた穏健派により生まれ変わった……それ以外の事はあまり知らないが、環境保護団体であるからにはさすがに思う事があるんだろう。
「え、解剖? それしか方法がないんですか?」
すぐにそう質問が飛んだ。
鷲澤教授は肩を竦めながら「今のところは」と返した。
するとその団員は、すぐに仮設テントを出ていった。
右手に携帯電話を持っていたから、おそらく仲間に電話をするんだろう。
ちなみに、もう変な事はしないだろう。
なにせ事件後も、あの団体はいろんな防衛組織により監視されてるし、この仮設テントの周囲にもその防衛組織の人間が配置されている。
なんらかの事を起こす会話などそう簡単にできやしない。
たとえ彼らにしか分からないような暗号で会話をしていたとしても……怪しいと思われた時点で防衛組織側がなんらかのアクションを起こすだろう。
まぁそれはさておき。
映像を見る限り……キャディはまだ捕まらないらしい。
まぁキャディには、歴史的資料に載るほどの恐ろしい遊泳能力があるし。
それに人類防衛機構のみなさんも、水上、もしくは水中を拠点とする敵が現れた場合に備えた訓練をしてはいるだろうが、水の抵抗のせいで地上と水中では、移動速度などに差が出てしまう……海生生物と違いホームグラウンドじゃないんだ。
両者の在り様には差がありすぎるんだ。
そうそう簡単に駆除できるとは思えない。
「…………う~ん……なんかおかしいかなぁ」
そう思っていた時だった。
芦窪教授がモニターを見ながら首を捻った。
「何が変なんですか?」
支局長が質問する。
「気のせいかもしれないんだけどね……なんかキャディが想像以上に速い気がするんだよ」
疑問に感じた時はさすがにテンションが下がるのか。
ふとそう思いながら、再びモニター内のキャディを見る。
おそらく、複合艇を追っているキャディを見つけた、撮影をしている潜水艇が、そのままキャディを追おうとしてる場面、と思われる映像が目に入り…………確かに遠目で見れば、キャディが素早く泳いでるように見える。
「八幡教授、あなたが開発した潜水艇……最高速度はどれくらいですかね?」
「三十二ノットだが?」
なぜわざわざそんな事を訊くのかと言いたげな顔で、八幡教授は芦窪教授にそう返した。
そういえばマニュアルに書いてあった気がする。
それなのに改めて訊かれればそりゃそんな顔もするか。
「時速に直すと約六十キロメートル……え、ちょっと待ってください!?」
芦窪教授はすぐに暗算し……またテンションが上がった。
とは言っても嬉しい気持ちになったワケではなく。慌てているが故のテンションのようだ。少々汗が出ている。
「キャディの最高速度はせいぜいが時速四十キロメートル……二十二ノットくらいですよ!? 逃げ足……いや足じゃなくてヒレですけど、とにかく彼らの逃げ足はそれくらい速いんですよ!? なのになんで……搭載してる捕鯨砲の射程距離まで近づくのにこんなに時間がかかってるんですか!?」
「おい、ウチの子達ができ損ないとでも……」
八幡教授の性格は知っている。
そしてそれ故に、彼にはそう聞こえるのも無理はないか……なんて思った直後、その八幡教授が唖然とした。
「ちょっと待て……この海生生物はウチの子達と同じくらい速いのか?」
そしてその言葉に、その場にいる全員が驚愕した。
駆除作戦が開始されてから、それなりに時間は経った。
さらにはそれなりに速い潜水艇が、つい先ほど投入された。
ついでに言えば、戦況を把握するため仮設テント内に持ち込まれた人類防衛機構の通信端末から聞こえる声によれば、潜水艇は複合艇と連携しているらしいが……キャディに怪しまれたのか、途中で明後日の方向に逃げられているようで……現在それを複合艇と潜水艇が追っているという。
キャディを始めとするシーサーペントは賢い。
私を始めとする有識者は、マニュアル作成時の話し合いの中でその結論を出したのだが……まさに予想通り、いやそれ以上の頭の良さかもしれん。
しかも潜水艇とほぼ同じ速度……頭が良いだけでも厄介なのにこの想定の範囲外の速度…………これは長期戦を覚悟しなければ――。
「み、みなさん!」
するとその時だった。
先ほど電話をしに出ていった環境保護団体の団員が戻ってきた。
「地元のTV局のヘリが、浜名湖上空を飛んでいるんですけど!」
そして戻ってくるなり彼は。
私達を驚愕させる情報をぶちまけたのだった。
相模湾にキャディがやってきた事を示す瓦版の存在については事実です。
ちなみにこの瓦版がある神社は静岡県賀茂郡松崎町にある伊那下神社です。
よろしければ立ち寄ってみてくださいね。