第3章 開発者と司令官
十二時四十三分。
シーサーペント出現から約四十分後。
現在浜名湖で展開されている駆除作戦は、防衛組織としては異例なものだ。
いったいどう異例かといえば、あらかじめマニュアルに誰がどう行動すべきかが記載されており、そして浜松市および湖西市の支局に駐在している防人の乙女のみならず、非番の防人の乙女の内、すぐに駆けつけられる者もが浜名湖へと向かい、作戦を独断で開始するという……正直言って司令官とか必要なのかと思えるようなものである。
だがそれも仕方がない。
シーサーペントが出現しているのは、ウナギや海苔、牡蠣やスッポンの養殖場がある浜名湖であり、対応が遅れれば去年のように大きな被害が出るからだ。みんなが集合するまで待っている暇はないのである。
けれどだからと言って、司令官がいないワケではない。
相手は生物。
それもそれなりに知能がある相手。
故に、どう行動するのか予測できない。
下手をすればイレギュラーな事態が起きかねない。
それに対応するためには、できれば先手を取られないようにするためには、現在駆除を行っている防人の乙女達から得られた情報を整理する存在や、その整理した情報を基に戦略を立てる存在が必要になるからだ。
そしてボクは、その司令官である浜松市の人類防衛機構の支局長、そして彼女の部下がいる、浜名湖の自然公園の一角に張られた仮設テントの中で、同じく彼女の部下である特命竜騎隊が乗る予定である新兵器こと羽々斬の最終調整を、人類防衛機構の協力会社所属のエンジニア達と一緒に行っていた。
なぜかって。
それはボクが羽々斬の生みの親だからだッ。
ただし彼らを発明したワケじゃない。
既存の兵器――大戦時に造られたものの、結局は使わなかったタイプの潜水艇達をボクが改造して造ったという意味での、生みの親だッ。
改造完了まで、それはもう長い道のりだった。
支局長の注文は『メガロドン』と張り合えるスペック、そして『浜名湖の生態系に影響を与えない武器付き』の二つ。
下手に頑丈な装甲にすれば重くなって、機動力に影響が出るし、だからと言って軽い装甲にすれば一撃でやられてしまうかもしれない。
さらに相手はシーサーペント。
人類防衛機構を始めとする防衛組織と、何度か遭遇してはいるものの、水面に顔以外を出さないどころか、学者が水中ドローンを使い生態調査をしようにもそれを振りきるため……生態がまるで分からん相手。
とりあえず、注文にあるメガロドン並みのスペックであると仮定し、メガロドンの情報を、わざわざ専門家に訊きに行って、どれほどの防御力・機動力・攻撃力が必要なのかを考え、そしてメガロドンの攻撃にも負けない素材を探したりして……こうして六機も生み出すのに、一年もかかってしまった。
ギリギリだった。
少しでも遅れていたら今年も大きな被害が出ていただろう。
「ふぅ。こっちは調整完了。他の子達は?」
とにかくこちらの子は調整完了。
他の子――全六機ある内の五機の調整を担当しているエンジニア達に顔を向けると次々に「こちらも完了」と声が上がる。
我が子たる羽々斬達を新たな戦場に送るのは、いつだって葛藤の連続。
操縦者のミスにより二度とボクのもとに戻れなくなる可能性だって捨てきれないから。だけどその一方で誇りある仕事を堂々と全うしてほしいという願いもある。
「では、特命竜騎隊のみなさん…………この子達を、どうかよ゛ろ゛じぐッ」
だからこそボクは。
操縦者達に向かって頭を下げながらそう口にする。
相手が引いているのが感覚で分かった。
サイフォースなんて能力がなかろうとも分かった。
いつもの事だからだ。
けどこれがボクなんだからしょうがない。
※
羽々斬の開発者である八幡翔一。
私がかつて通っていた小学校の後輩でもある彼……といっても彼は人間にあまり興味がないから私の事など一切覚えていないだろうが、とにかくそんな彼を、人類防衛機構の兵器開発をしてくださっている協力会社に、私が特命遊撃士の卵だった頃に紹介していなければ詰んでいたかもしれない。
それだけ彼は天才なのだから。
少なくとも小学校時代、集めたガラクタを改造して、警察が出動するほどの事件を起こすくらいは。
いや、彼に悪気があったワケじゃない。
何々をどうすればどうなるのかを純粋な好奇心で知りたかったという……マッドサイエンティストな動機の末の事件だ。むしろ悪気がないよりタチが悪いが、今の内に人類防衛機構側に引き込み物事の善悪を教えておかないと、大人になった時、こいつを捕まえなきゃいけない事態になると思い、早い段階で紹介したのだ。
そして彼は、捕まる側よりも捕まえる側に協力しておいた方が安全という、保身的な理由から協力会社に所属した。
そんでもって話を元に戻すが。
八幡の挨拶を受け少々引いてる特命竜騎隊のみんなに、私は心の中で謝罪した。
彼は、発明品を我が子。
そして既存の兵器を改造して造った兵器を、新たな環境に適応させるために予防接種をさせた養子と見なしているんじゃないかと思うほど自分の開発した兵器などを大事にしている。
ちなみに彼にとって操縦者の安否など二の次である。
正直に言って、人間としては苦手なタイプだ。
だが天才であり、故に私は羽々斬の開発を依頼した。
そしてそんな彼の開発した羽々斬は。
特命竜騎隊の操縦によりいよいよ浜名湖に潜った。
複合艇の罠に引っかからず、湖底に身を潜めているシーサーペントがいた場合、そのシーサーペントを湖面に誘導、もしくはその場で駆除するため。そして複合艇に乗ってる仲間や羽々斬の攻撃により死亡、もしくは気絶したシーサーペントを、他のシーサーペントが捕食する前に回収するために。
なぜにシーサーペントの回収任務まで役割に含まれているかといえば。
複合艇に、二十メートルはあると思われるシーサーペントを乗せてしまったら、速度が著しく落ち、そのせいで複合艇が他のシーサーペントに襲われでもしたら、本末転倒だからである。
さらに言えば、湖面と違って湖中は、逃げる範囲が広いから……いざという時、逃げられる確率が上がるからである。
乗せずにそのまま引っ張ればいいじゃないかという意見もあるかもしれないが、そうすると銛を当てたシーサーペントから流れた血に他のシーサーペントが過剰に反応し、さらにおびき寄せられ、より危険な状態になってしまう。
だからこそ羽々斬の任務には、シーサーペントの回収も含まれる。
ちなみに、なぜ回収しなければいけないかといえば。
浜名湖にシーサーペントが現れた原因を探るためである。
実はシーサーペントが現れた原因を探るため、武装特装車には水質調査のための専門家も乗せていた。
去年、シーサーペントが現れて以来、ずっと浜名湖の水質を調査してくださっている地元の大学の教授こと青谷涼さんである。
そして、そんな彼の調査によれば……相変わらず、浜名湖の水質に異常は見られない、との事だった。
そして、水質に問題がないとするならば。
もはやシーサーペントを解剖するなどの手段をとらなければ、浜名湖にシーサーペントが現れた原因を明らかにできないかもしれないからだ。
自然公園内の、我々がいる仮設テントの近くの施設にそのための研究機材を持ち込み、準備が完了しているが……果たして、被害が出る前に原因を突き止める事はできるのであろうか。
下手をすれば、シーサーペントは犯罪組織により放たれた囮で。
本命である何かが近い内、我々がシーサーペント駆除に力を割いている中、地上で暴れ始める……そんな最悪なパターンの真実である可能性も捨てきれん。
ちなみに一応、その可能性を考慮し、私の指示で地上のパトロールを強化してはいるが……。
「おお、このシーサーペントはいわゆるマーホース……カナダではキャドボロサウルス、またはキャディと呼ばれる種類のようですね!」
「…………キャド……えっ?」
そんな中、一人の男性がモニターを見ながらそんな事を言った。
羽々斬に搭載されている水中カメラが撮影した映像が映ったモニターだ。
そしてそのモニターを見ているのは……マニュアル作成に関わった一人である、生物学者の芦窪直也教授だ。
本来なら安全のため、シーサーペントが地上に進出する可能性もあるため、ここにいてはいけない方だが、自分の知識はいざという時のために必要だと説得されてしまい……数名の特命機動隊隊員による護衛付きという条件で、同席させたのだ。
「ああ、キャディか」
一瞬遅れて私は、芦窪教授の言葉を理解した。
ちなみにゴルファーの補助役と同じ名称だが、シーサーペントと分類される海生生物の中に同じニックネームの種類がいるんだからしょうがない。
「確か、聞いたところによると……比較的おとなしい海生生物では?」
「そうなんだよねぇ! それがなんでこんなにも凶暴化しているのか……謎でしかありません!」
芦窪教授は、テンションが高めな方だ。
マニュアル作成のため、支局まで来てくださった時もこのテンションだった……これが彼の性格なのだろう。
いやそれはそうと、カナダの支局から取り寄せたシーサーペント関連の資料には確かに、キャディはおとなしい種類だと書かれていた。
なのになぜ、浜名湖に襲来したシーサーペント=キャディは、浜名湖の魚介類を二度に亘り食い荒らさんとしているのか……芦窪教授の言う通り、謎でしかない。
八幡翔一。
発明よりも改造が得意な天才で、自分の発明品や改造した既存の兵器を自分の子供のように大切に思ってる一方で、胸を張れる仕事を全うしてほしいと願っている変人。一方で人間にはあまり興味がない。
故に同じマッドサイエンティストであっても、サイバー恐竜の生みの親こと大野総一郎博士のような、自分の子供も同然の発明品を、自分の承認欲求のためだけに戦場に送り込むような人種は嫌っている。
下手をするとモンスターペアレントになりかねんキャラでもある。
ブッチャケ、大野総一郎博士とは別方向にぶっ飛んだ人物を考えた結果生まれたキャラである。