第2章 複合艇は進む
渡されたマニュアルによれば、神々の時代――神代を除くと、シーサーペントの最初の目撃例は紀元前八世紀にまで遡るみたい。
ちなみにその目撃者は、新アッシリア帝国の王様であるサルゴン二世。
キプロス島を目指して航海をする途中……地中海で、シーサーペントを目撃したらしい。
そして時代は下り、紀元前四世紀。
マケドニア王国の王様にして、かつて世界を征服しかけた征服者でもあるアレキサンダー大王はシーサーペントを目撃し、その恩師にして古代ギリシャの哲学者であるアリストテレスは、リビア沿岸のシーサーペントについて書き記している。
さらに言えば、シーサーペントのせいでアレキサンダー大王による、フェニキアの都市国家ティールの征服に支障が出て、それをどうにかするために、ティールの中心地である小島へと行くための海上道路の設計の見直しを、アレキサンダー大王の軍はしなければならなくなったそうだ。
人類がシーサーペント問題に向き合った最初の事例だね……おそらく。
さらに時代は下り、一世紀。
ローマの博物学者プリニウスは著書である『博物誌』にエチオピア沖にいるシーサーペントについての記述を残している。おそらく自身が目撃した、もしくは地元民からその話を聞いて記したんだろうとされている。
そして、さらに時代は下り大航海時代。
海に出る人が増えたためか、それとも正確な記録を残そうと思う人が増えたためか、より多くの人がシーサーペントを認知するようになる。
ここから先の記録は、頭が痛くなるほど増えるから省略するけど。
とにかくシーサーペントは、多くの人に目撃されてきたけれど……その生態は、あまり解明されていない。
だけど、アレキサンダー大王の指示による、ティール攻略用の海上道路の建設を邪魔したところからして、シーサーペントは、海上道路建設の影響によりティール中心部の海流が変化し、自分達の生活が脅かされると判断した可能性があり。
そこから少なくともシーサーペントは、自分達の縄張りとしている海域の環境の保全を、自分達の生活のためにも優先する習性があるのでは、とマニュアル作成に関わった学者達は考えているそうだ。
人間に限らずどの生物も、自分が住んでいる場所の環境には変わってほしくないと思うから、個人的にその仮説は、正解じゃないかと思ってる。
というか、もしも本当にそうならシーサーペントは……海生生物版の防衛組織の隊員、とも言える存在だから、親近感すら湧いてくる。
けれど、それなら今回の事件は……なぜ起きたんだろう。
海の環境の保全のために動くと考えられるシーサーペントが、浜名湖の生態系をズタズタにする事件を起こし、さらにはまた浜名湖にやってくるだなんて。
まさか、これこそが彼らの本性なのか。
それとも、たまたま凶暴な種類のシーサーペントがやってきたのか。
もしくは…………この浜名湖に、彼らを怒らせるほどの何かが存在するのか。
「お~い、操縦に集中しろよ?」
なんて私が考えている時だった。
私の友人――湖西市にある静岡県第二十五支局の防人の乙女である梅田結花少佐が私に声をかけてくる。
おかげで私は、現実に戻る事ができた。
あらかじめ浜名湖の湖西市側の建物に複数用意されていた、四人乗りの複合艇の一艘に乗り込み作戦を実行している現実に。
ちなみに、私と結花ちゃん以外は乗っていない。
シーサーペントがどれだけ速く泳げるのか不明だから、複合艇を可能な限り軽くするため、個人兵装の重さも考慮して二人だけ乗る事になったんだ。
湖西団地の近くから、宇津山に向けて複合艇を高速で進ませる。
向かう途中で、何度かドンッ!! と爆発音じみた音が後ろから聞こえてきた。
複合艇に搭載されている改造捕鯨砲の発射音だ。
私と違って、結花ちゃんは射撃が大の得意だ。
そしてだからこそ彼女は、私の長年の相棒だから、もあるけど、今回私と組んで攻撃役に徹している。
だけど、改造捕鯨砲はそんな彼女でもすぐに慣れない兵器だった。
シーサーペントの移動速度だけでなく、複合艇の移動速度や揺れ具合とかも計算に入れて撃たなくちゃいけないからだ。
「ったく、シーサーペントや他の複合艇の起こす波のせいで照準がわずかに狂うなこりゃ」
改造捕鯨砲は、潜水艇『羽々斬』より先に作られたから、その発射訓練をもしもに備えて、浜名湖で何度かした事があるけれど……実際の戦闘となると、なかなかうまくいかない。
私が複合艇を、もう少し安定させる事ができたなら、結花ちゃんはいつもの実力を発揮できると思うけど……いや、たらればなんて言ってる場合じゃない。
今は自分にできる事を、精一杯やらないとね!!
※
マニュアルによれば、この世にシーサーペントは九種類いるらしい。
ベルギー出身のある学者がそう言ってるそうだ。
そしてその学者は、シーサーペントの種類をそれぞれ、ナガクビ、海中トカゲ、マーホース、多コブ、スーパーカワウソ、多ビレ、スーパーウナギ、全ウミガメの父、イエローベリーと名づけたそうだ。
ウナギやカワウソやウミガメってなんだよ、他はともかく……と思わずツッコミたくなるネーミングセンスだ。
だけどマニュアルに描かれていた、イギリスのディーダラス号の船員が描いたというシーサーペントは、確かにウナギっぽい感じだ……いやそれはともかく。
シーサーペントはどうやら、海で何かが起こった時に現れやすいそうだ。
アレキサンダー大王がシーサーペントに遭遇した時の状況からして、おそらく、海の環境が変わるような出来事が起こった時、それを阻止せんとして現れるのかもしれん……と、少なくともマニュアル作成に関わった学者達は言っている。
ならばなぜ……今回は浜名湖の生態系を壊すために現れたのか。
正直言って謎しかない事件だけど、その辺の謎については地元の警察とかが解き明かしてくれるだろう。
人類防衛機構の防人の乙女であるわっちらは、とにかく浜名湖の魚介類への被害が再び出ないよう……この複合艇の場合は底の方に搭載されてる、シーサーペントのヘイトを誘発する(と思われる)大音量を流す水中スピーカーを以てして、シーサーペントをおびき寄せて、そしてわっちが、水中スピーカーと同じく搭載されている改造捕鯨砲で駆除するのみだ。
「…………複合艇の揺れもあるけど……やっぱ、水生生物相手に狙い撃ちするのは至難の業だわ」
「え、そうなの結花ちゃん!?」
自慢じゃないが、わっちは湖西市の支局にいる防人の乙女の中ではトップクラスの射撃の腕を持つ。だけどその一方で、近接戦闘はそこまで得意じゃない。
そんなわっちの才能の偏りを見極めた上官は、わっちの才能を存分に発揮させるため、わっちとは違い射撃は苦手だが、近接戦闘は得意な、わっちと同期の防人の乙女とわっちにコンビを組ませた。
その近接戦闘を得意とする相棒――古見みのり少佐が驚きの声を上げる。
いやさすがのわっちも、ここまで酷い揺れの中での射撃は何度経験しても慣れんわ期待させて悪いけど。
せめて、もう少し揺れが収まれば精密性が上がるんだが……大自然を相手に文句を言ってもしょうがない。
シーサーペントや他の複合艇が、不規則に動き回るが故に起こってる波ではあるけれど……シーサーペントは大自然側の存在だから、とりあえずシーサーペントは大自然としてカウントする。
ていうか、まさかこの波はシーサーペントが狙って起こしてるんじゃないだろうか。もしそうだとすると、シーサーペントは……やはり、それなりに頭が良い生物なのかもしれない。
渡されたマニュアルによれば、人類防衛機構などの防衛組織は、シーサーペントに今まで何度か遭遇していたらしい……と言っても、そのシーサーペントは海面に顔しか出さなかったので全長などが謎の事件だが。
とにかくその事件においてシーサーペントは……防衛組織が追っていた犯罪者の乗る船舶のみを攻撃していたらしいし。
そしてその事実からして……少なくともシーサーペントは、どちらにつけば海の環境にとって有益なのか判断できるほどの知能を持っている、のかもしれない。
そうだとしたら、少々厄介な敵だ。
最終的には戦力的に、全て駆除できると思うけど……駆除し終えるまでに、どれほどの時間を要するのか。
しかし今は、ありったけの銛を撃ち込むしかない。
わっちは、残りの銛の数を確認した。
改造捕鯨砲――通常の捕鯨砲の二倍の射程距離を誇る兵器用の銛は残り三発。
ちなみにこの銛もまた、通常の銛じゃない。
通常の捕鯨砲の銛とは違いロープの類がついていない。
当てた相手を船上に引っ張り上げるための銛ではないからだ。
とにかく、わっちは改造捕鯨砲に新たに銛をセットした。
二匹……いや三匹はいるだろうか。
偏光サングラスをかけても水中がよく見えないから、正確な数は分からんけど、とにかく数匹のシーサーペントが追っているのが見えた。
確か人類防衛機構が、ドローンと、浜松市と湖西市が水中に設置した監視カメラの映像で確認した限りでは、シーサーペントの数は……十二匹だったか。
残り九匹は別の複合艇を追っているのだろうか。
いや、それよりも今は目の前の相手の駆除だ。
わっちはすぐに改造捕鯨砲の向きを調整し……その引き金を引いた。
神話の時代をカウントするならば。
聖書におけるレヴィアタン、北欧神話におけるヨルムンガンド、ギリシャ神話における神官ラーオコオーンを子供もろとも殺害した蛇の怪物が、シーサーペントに該当する。