第1章 新たなる戦いへ
一年後。
七月二十一日。
十二時十二分。
(今日もまた、何も起こらない日になるんだろうなぁ)
今切口にある、浜名湖の監視所の一つ。
そこで監視の任に就いている監視員のある青年はふと思う。
一年前、浜名湖にシーサーペントが出現して暴れ回り。
生態系をズタズタにされたため、再びシーサーペントが現れた時に備え作られたその施設に彼が派遣されてから、かれこれ半年は経つが、未だにシーサーペントはおろか、浜名湖の脅威となりうる生物は出現していないからだ。
一度だけ、シーサーペントではなく、小型のサメが侵入した事はあったが、その時は、人類防衛機構を始めとする防衛組織や地元民の協力があり戻ってきた、浜名湖の生物がサメが去るまで隠れていたため、大きな被害は出なかった。
(ていうか、もしかしてサメがシーサーペントの正体なんじゃねぇの? 調べるとどうも過去に何回かサメが迷い込んだ事があるらしいし)
事実として浜名湖は淡水と海水の両方が存在する汽水湖であるため、海の生物が迷い込む事がそれなりにある。
「あぁ~あ、今日も平和だねぇ」
青年の同僚の監視員が、あくびをかみ殺しつつ言った。
「俺、この仕事が終わったら今まで溜めに溜めたラノベを読むんだ」
「死亡フラグっぽい台詞やめろよ。縁起が悪い」
この世界には様々な、人類が築いた社会を脅かしかねない存在がいる。
かつて未確認生物に分類されていた生物だけでなく、世界征服を企てる秘密結社などの犯罪組織も存在し、そんな彼らは、当たり前だが一般人の事情はガン無視で暴れ回るため、一般人は日常が壊されるかもしれない可能性と常に隣り合わせな状況なのだ。
そんな中で死亡フラグな台詞なんぞ言われたら、実際にそんな事件が起きるかもしれないどころか、周囲の人間まで巻き込みかねない……文句も言いたくなる。
ちなみに、そんな彼らに対抗するための、人類防衛機構などの防衛組織も確かにこの世界に存在するものの……一年前のように、そんな彼らでさえも、全てを確実に救う事は不可能だ。
なので、同じく退屈だと思ってはいるものの、それを心の中だけに留めておいた青年は、同僚を睨みつけようとしたのだが……次の瞬間、その彼の目が、監視所のモニター画面に表示されている、水中監視カメラが捉えた映像に釘づけになった。
「…………サメじゃ、ない……?」
水中監視カメラに映ったモノ。
それは、水中を高速で動く十匹以上の何かだった。
※
同日。
十二時三十三分。
「…………いつ見ても、分厚いマニュアルだよねぇ」
浜名湖にある監視所からの通報を受け、静岡県第一支局から浜名湖へ、武装特装車で移動をする最中……私は、自分の膝の上に置いた物に目を向けつつ、隣の席に腰かける友人に声をかけた。
私が今、膝に置いているのは一年前に起きた事件――浜名湖を荒らしたシーサーペントをまんまと取り逃がした、あの事件の反省から作られて、そして海に面している全ての都道府県および国家の支局に配られた、シーサーペントが絡んでいると思われる事件が再び起きた時のためのマニュアルだ。
冒頭はシーサーペントの、判明している限りの歴史。
中盤は、これまで世界各国の海で目撃されてきたシーサーペントの行動から予想される、彼らの種類ごとの能力や習性などのまとめページ。
そして残りは、再びシーサーペントが現れた場合に決行する作戦や、新たに開発された水上および水中戦用の兵器についての説明で構成されている。
ただし、シーサーペントそのものの情報が少ないため、マニュアルのほとんどは水上および水中で使用する兵器の説明で占められていた。
「夏海ちゃんは読破できた?」
「ううん。新しく開発された兵器についてのこと以外は全部読んだけど」
夏海ちゃん――私の友人である佐久間夏海少佐は、車窓を見ながら言った。
今回の事件には思うところがあるんだろう。夏海ちゃんの過去を彼女の家族から聞いたからこそそう思う。
おっと、それよりも夏海ちゃんのモチベーションを整えなきゃ。
このままじゃ夏海ちゃん、シーサーペントに対して……やる時はやる、とは思うけど、それでも数瞬反応が遅れたりする可能性があるし。
「まあ、そっちは特命竜騎隊が使う兵器という話だから、私達が今から兵器の方のマニュアルを全て覚える必要性はないかもしれないけど」
なので私は話題を変えるべく、マニュアルの方に話を振った。
「でも、特命竜騎隊の方達が一身上の都合とかで、あまり集まれない可能性もあるから、一応読んでおいた方がいいかなぁ?」
「…………そうだね、愛理ちゃん」
だけど、私――大島愛理少佐は話を変えてから若干後悔した。
そこまで明るい話題に繋がらなかったと話す途中で気づいたからだ。
ちなみに、特命竜騎隊とは。
人類防衛機構に所属している防人の乙女の内、サイフォースが覚醒した上でナノマシンを投与された女性兵士である、私達を始めとする『特命遊撃士』のOGと、サイフォースに覚醒せずナノマシンの投与のみを受けた女性兵士である『特命機動隊』の中の、少尉へと昇格した者が配属される『特命教導隊』の中から選抜されたメンバーで構成される部隊の事。
突然変異などによって生まれた巨大怪獣や、犯罪組織が開発した巨大ロボットを仮想敵として組織された部隊だ。
そしてそんな大先輩達が使う兵器は、ここ一年の間……一年前のシーサーペント事件を機に急ピッチで開発が進められ、そして最近完成した、水上および水中戦用の潜水艇である。
さっきも言ったように、マニュアルが分厚いから、そしてそのマニュアルを実物が完成した最近になって渡されたから、私はあまり読めていない。
それだけ繊細な操縦を必要とする兵器なのかもしれないけど、そして繊細な操縦を必要とするからこそ今回は特命竜騎隊が使う事になるんだろうけれども、いずれそれを場合によっては使うかもしれない女性兵士こと特命遊撃士である私達にも、もう少し分かりやすいマニュアルにしてほしかったと思う。
ちなみに、今日までに読めた潜水艇についての情報を抜粋すると。
潜水艇の名前は、日本における竜殺しの武器の名前からとって『羽々斬』。
開発者が、対シーサーペント戦を想定し便宜上つけた名前だから、国によってはその国における竜殺しの武器の名前がつけられているらしいが、それはともかく。
羽々斬は最近開発された特殊合金でできてて、理論上は、シーサーペントの一種であるとされる古代ザメ『メガロドン』の噛みつきや体当たりにも耐えるという。
ただし、潜水艇というだけあって少々小さめの兵器だ。
体当たりによってへこむ事はないものの、当たる部分によっては力負けする可能性があるそうな。
そして小型なだけあって、機動力はそれなりに高い。
最高速度が三十二ノットと、マカジキなどの魚には負けるけど、シーサーペントの全長は最大で二十メートルほどであり、体が大きくなるのに伴い速度が落ちると思われるためこの速度でも大丈夫である。
仮に、シーサーペントの遊泳速度がこちらの常識を超えていたとしても、群れで狩りをする動物のような連係プレイで追い込めばいいからだ。
最後に装備だけど、なんと改造された捕鯨砲のみである。
シーサーペントのような、あまり確実な情報がない元未確認生物を相手にするんだから、一応魚雷とかも装備する方がいいのではという意見も確かにあるが、戦いの舞台は、今回の場合は浜名湖である。
一年前、シーサーペントに生態系をズタズタにされた浜名湖である。
魚雷をむやみに使用して、私達がシーサーペントと同じような被害を出すワケにはいかないし、それに浜名湖の自然を守りたいと主張する、環境保護団体を始めとする団体から、使用するのはできる限り浜名湖の自然に影響を与えない兵器だけにしてほしい、との意見があったのだ。
人類防衛機構としても……敵を倒すために自然環境を破壊するのは本末転倒だと思うし、地元の人達とこれから先も仲良くしたいから……その意見を無視する事はできなかった。
そしてそんな彼らの意見なども取り入れた結果……一番環境への影響がない上、シーサーペントに対しては必殺級の兵器になるだろう捕鯨砲が、羽々斬に搭載する兵器に選ばれたのだ。
ちなみにこの捕鯨砲、改造と言われているだけあってある仕掛けがあり――。
「――ッ! いよいよだね」
そうこうしてる内に、目的地である浜名湖――対シーサーペント戦における拠点の一つである自然公園へと到着した。
シーサーペントとの戦いに投入された、夏海ちゃんと特命機動隊のみんなと共に武装特装車を降りる。
そして、ほぼ同時に全員が浜名湖へ目をやると……すでに到着していた、浜松市の支局の防人の乙女、そして浜松市と同じく浜名湖に面する、湖西市にある支局の防人の乙女が、浜名湖で作戦を展開していた。
人類防衛機構が所有してる複合艇――生物である以上、シーサーペントをおびき寄せられると思われる魚介類の肉や、ヘイトを誘発させられると思われる大音量を流す水中スピーカーを搭載したそれに乗り込み、高速で浜名湖を移動して、おびき寄せる事ができたシーサーペントを、潜水艇と同じく搭載をしている改造捕鯨砲で駆除するという作戦を。
とあるバラエティ番組に登場した海洋生物学者よれば。
今から数年前に浜名湖で撮影された『ハマちゃん』と思われる生物は、泳ぐ際の動きから浜名湖に迷い込んだサメである可能性が高いそうな。
信じるかどうかはあなた次第です。