序章 緊急招集
不定期連載です。
人類防衛機構。
かつてこの世界に来訪して猛威を振るった、異次元生命体こと珪素獣から世界を救った存在――なぜか女性しか発現しない特殊能力『サイフォース』の発現者達が中心となり創設した、国家機関である。
その極東支部の下部組織こと、静岡県第一支局――静岡県浜松市の都市部にそびえる、浜松の顔とも言える塔『ハママツタワー』の中層に作られたそこの会議室に六人の人間が集まっていた。
「初めまして。静岡県第一支局支局長の白羽日依です。本日はわざわざお越しいただきありがとうございます」
その中の一人――静岡県第一支局の支局長である白羽日依上級大佐が、対面している三人の学者に挨拶をした。
彼女の補佐および書記として同席している、部下である平口小夜子大佐と、米沢希美大佐も、続けて挨拶をする。
「いやいや、礼などいりません! 学者としての好奇心もありますからね!」
「同感です。まぁどっちみち早い段階で、今まで私達が様々なルートで入手できた情報を出して整理しておかないと、また同じような事件がどこかで起きた時に大変ですから……たとえこれから先の未来で再びヤツが浜松に出現しないとしても一応来なければいけないでしょうけど」
「本当だったら、現地で直接いろいろ確認してから、こうして集まるのが一番ではあるんでしょうけど……まぁ相手が相手。神出鬼没で、その全身もボロボロの死体でしか確認できてない。そして今回も例によって、ほとんど情報や手がかりが存在しないから、こうして分野の違う学者が集まり情報を共有しなきゃ、いかなる相手なのか……その段階からほとんど把握できんでしょうな」
「そういえば伊場教授は現地に行こうとしていたんでしたっけ」
「ええ。人類防衛機構の依頼で、専門家として。ですが着く前に浜名湖からいなくなっちまいやがりましたからね。しかも被害を出して。実物の目撃者になれなくて非常に残念です」
挨拶した相手――浜松市内にある大学の教授たる三人は神妙な面持ちで答えた。
とは言ってもその胸中にあるのは、今回の事件の被害の事……および、その原因たる存在を直に見られなかった事に対する悔しさである。
白羽支局長は、自分が招いた学者達の反応に思わず苦笑した。
いや、確かに学者達の言う通り、今回出現した存在の情報はあまりにも少なく、それ故に学者のみなさんは、それぞれが扱う分野の研究の発展のためにも、今回のように集まって情報を集めたい、と思うかもしれないと予想していたが……まさか本当に知識欲のためにも集まったとは、と。
だがそれでも、彼らの存在がありがたい事には変わりない。
少しでも情報があるかないかで、だいぶ状況が変わるのだから。
「ではさっそくですが、まずは……その伝承からして今回浜名湖を荒らしたと思われる存在――かつては未確認生物と分類されていた海洋生物『シーサーペント』についての、詳しい歴史を教えてくださいませんか?」
※
元化二十四年。
かつて珪素獣から世界を救った組織である人類解放戦線が、人類防衛機構と名を変えてから四十八年後の今日――七月十九日。
浜名湖で釣りを楽しんでいた地元民から、奇妙な生物が浜名湖を回遊しているという通報があった。
かつて未確認生物とされていた多くの生物――ツチノコを始めとする日本の固有生物や、チュパカブラを始めとする海外の生物の存在がキチンと確認された現代において、その元未確認生物達による被害を食い止めるのを仕事の一つとしている、人類防衛機構の女性兵士達にとって、この通報は無視できないモノである。
故に、不測の事態が起きた場合に備えて多くの女性兵士――通称・防人の乙女を浜名湖へと、白羽支局長は向かわせたのだが……彼女達は、ある意味では敗北とも言える事態に直面した。
幸運にも地上にその生物は進出しなかった。
だがその代わり、その生物は水中で暴れ回り……浜名湖で養殖されていた魚介類を含めた浜名湖の多くの生物が食い荒らされる、最悪の事態が起きたのだ。
しかも、その事実に気づいたのは……その生物が去った後の事だった。
その影響により、浜名湖は一時的に死の湖と化し。
浜名湖の獲れたての魚介類を扱う店は一時的に営業停止に追い込まれた。
誰もが注視していなかった、文字通り水面下で起きた事態ではある。
だがしかし、人類防衛機構からすれば、敗北である事に変わりなく、だからこそ白羽支局長は、また同じ事態が起きた場合に備え、マニュアルを作るために専門家を招いたのである。
「それならまず、私から話しましょうか」
話を切り出したのは、先ほど伊場と呼ばれていた男性――支局長の依頼により、現地に駆けつけんとしていた歴史学者こと伊場雅人だ。
「まず初めに、誤解なきよう言っておきますが。シーサーペントは日本語に直せば確かに海蛇ですが、大昔の船乗りの間では、その行く手を阻む海生巨大未確認生物全般――クラーケンなどもシーサーペントと呼ばれていました」
「…………なるほど」
「という事は、今回現れた生物は海蛇じゃない可能性が?」
平口大佐は納得し、米沢大佐は質問した。
「ゼロではないです。と言ってもそうか否かは撮影に成功した目撃者のカメラ映像次第でしょうね。まぁそれはそれとして、話を戻しますが」
伊場は一度深呼吸をしてから話を戻した。
「シーサーペントは、かなり古い時代から目撃されていました。下手をすると神代にまで遡るんですが、それだと史実かどうか判別できない事柄も含まれるんで……とりあえず人間の時代限定で話しますが。少なくともシーサーペントの目撃例は、紀元前八世紀にまで遡ります」
※
その日の……ほとんどの人が寝てしまった、真夜中の事。
シーサーペントが暴れまくった影響で、生態系がズタズタになった浜名湖のある港から、一隻の漁船が出港。高速で今切口を通過し遠州灘へと飛び出した。
漁船の明かりの光量は落とされている。
民間人に気づかれないため。そして標的に対しどれだけ有効なのかは分からないものの、それでも可能な限り……その標的に安全に近づくための処置である。
近づくため、とは言うが、それは標的に気づかれ、逃げられてしまわないため、という意味だけではない。標的が、ダツのように光に突進する習性を持つ可能性がある、という意味もある処置だ。
もしもそうであった場合、光量を落とさずにいれば……この漁船は、大ダメージを受けている事だろう。
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
乗組員である一人の男が、漁船を操縦している男に声をかけた。
「網を食い破るようなヤツだぞ。俺達に捕まえられるのかよ?」
「馬鹿野郎、そんな事を言ってる場合か」
操縦している男とはまた別の乗組員の男が会話に加わる。
「ここであいつらを捕まえなきゃ大変な事になるんだぞ? つうかさ、人類の未来がかかっているんだぞ? 分かってんのか?」
「いや、それは分かってるけどさ」
話を切り出した男は、自分達の立ち位置をちゃんと理解してはいた。
自分達の目的のためにどれだけ危険な綱渡りをして、もしも失敗すればどれだけの被害、さらには非難の声が出るのかも。
しかし男は、心の底から納得できていなかった。
確かにこれは人類のためになる事ではあるけれど……果たしてこの方法は正しいと言えるのかどうか、迷うほどに。
「ッ!? …………ようやく見つけたぜ」
するとその時、ようやく操縦している男が口を開く。
漁船についているPPIスコープによれば、漁船から見て十二時の方向に四つの光点がある。標的だ。
「ほら、分かったならさっさと準備をしろ…………?」
怖気づいていた乗組員を叱った男が、今度はその乗組員へ指示を出す。だがその相手からの反応がない。
いったいどうしたのかと、男はその乗組員へと顔を向ける……なんと乗組員は、明後日の方向を向いていた。
「おい、何さぼって――」
「な、何かこっちに向かってきてません?」
その乗組員は、顔を青ざめさせながら視線の先に指を向けた。
明らかに尋常ではない様子だった。すぐに叱った男もその方向を向く。
漁船から見て二時の方向。
数キロ先で波が起きていた。
漁船をのみ込むほどではないものの、それでも大きめではある波が。
いくつかの赤い光がぼんやりと見える……周囲の波と比べるとかなり速い速度で漁船へと近づいてくる不自然な波が。
明かりの光量を落としているため、その全貌は把握できない。
だがしかし、その不自然さは彼の本能が警報を発するには充分なモノだった。
「船長! 引き返せ! 二時の方向から何かが――」
しかし、その警告をするには数瞬ばかり遅かった。
次の瞬間、その大きめの波が……船首部分の真下を通過した。
ガァン、と衝撃音がすると同時に、船体が大きく揺れる。
ただの波が当たったにしては不自然すぎる……明らかに、波の中に何かが潜んでいたとしか思えない事象だ。
「な、なんだ……!?」
揺れによってバランスを崩す船長。
だが咄嗟に面舵で体を支えた事により転倒だけは防げた。
すると、その時だった。
船長は恐ろしい光景を目撃した。
巨大な……数多くの生物が。
自分達の標的を、その顎で真っ二つにした光景。
そして、その巨大生物が。
自分へと、赤く鋭い眼差しを向けた光景を。
実際には、2012年3月18日に浜名湖でシーサーペントと思われるUMAである『ハマちゃん』が目撃されています。