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死人に口あり

作者: 頬白

 死人に口なしとはよく言うが、それは嘘である。条件付きで死人は生人は喋れるのだ。

いつからかそんな話が学校で噂されるようになり、友達の少ない吉田信良の耳にも入った。信良は勇気を振り絞り、数回ペアワークをしたことのあるクラスメイトに詳細を聞くことにした。

「あの、死人に口あり相談所ってどうすれば行けるん?ですか?」

距離感がつかめず、吃ってしまった恥ずかしさで顔が赤くなる。クラスメイトは若干戸惑いながら用務員の村井さんが相談所を運営している情報をくれた。若干の間があったが、信良は入念なシュミレーション通りに「ありがとう」と言い、代わりの深いお辞儀をし、放課後に村井さんの元に向かうことを決めた。

 信良がこれだけ行動してるのには訳がある。どうしても話したい死人がいるのだ。それは実の母親だった。今は父親が再婚して家に母はいるのだが、どうしても去年に亡くなった母親ともう一度話したいと思っていた。何を話そうか、そもそもデマじゃないのか、そんなことが頭の中で反芻して授業は集中できなかった。最後の授業が終わるやいなや信良は例の相談所になっているらしい面談室に早歩きで向かった。

「いらっしゃい。あってるよ。」

入ろうか迷っていると、優しい声が聞こえた。おそるおそる中に入ると、そこには村井という刺繍の入った作業着を着た65歳ぐらいの男が深く腰掛けていた。

「君ぐらいだよ。この噂を信じたのは」

村井さんの声が面談室に響き、鮮明に聞こえる。

「ルール説明をしよう。この受話器を使えば思い描いた死人との会話ができる。時間は…」

村井さんは信良を爪先から頭まで見て、から続けた。

「時間はたっぷりあるな。死人と1分話すごとに君の寿命が1日なくなる、それでもいいかい?」

信良は都市伝説が真実のように語られる様子に驚き、立ち尽くしていた。

「番号はいらない。話したい人のことを想って受話器を取るだけ。」

随分と年季の入った黒電話が机の上に出されて、村井さんは面談室を出て行った。信良は固唾を飲み込み、椅子に浅く座り、深呼吸をして、震える手で受話器を持ち上げた。呼吸が荒くなり、ベルの音と心臓の音が同じ音量で聞こえる。

「もしもし?」

本当に母親の声が受話器から聞こえてきて、信良は目を丸くした。

「聞こえてますか?おーい」

「母さん?」

一瞬の沈黙があり、受話器から母親の啜り泣く様子が感じとれた。

「信良なの?ごめんね死んじゃって。これって死人に口あり相談所からかけてるのよね」

「うん」

震える声を絞り出して信良は答えた。

「いつか、かけてくるかなって思ってた。でも、あなたの寿命を削るわけにはいかない。私はあなたが生きるためのことを全て教えたつもり。寂しいけど、あの世で見守ってる。それじゃあ元気でね」

まるで用意されていた自動音声のような冷たい早口の返答。待っての一言も言えずに、電話が切れて、一滴の涙が信良の頬を流れた。たった1分も満たない時間で電話は終了した。村井さんは早かったな、とだけ言い、受話器を大事そうに箱の中にしまった。信良は状況を整理できないまま、面談室を出た。

 下足室に向かうと傘を差した人が多く見えて、今日の天気予報が当たっていなかったことがわかったが、信良は教室に置き傘を取りにいかずに惰性で足を動かして帰った。母は冬の雨に濡れた信良の姿を見て、着替えとタオルを渡し、ストーブをつけ、温かいスープまで用意してくれた。信良の体は暖かくなった。

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