実家が太いと安心できるよね
新庄珠緒:35歳。都内に住むOL。最近周囲で結婚ラッシュを目の当たりにし、焦っている。同僚の大股穂の介のことが気になっている。
大股穂ノ介:37歳。新庄の同僚。ガタイがよく顔もそこそこなので、密かに狙っているものは多い。
「実家が太いと安心できるよね」チラッ
「へえ、そういうもんなんだ。まあ、そうなのかもね」
「穂ノ介くんの実家ってどうかな?」チラッ
「うーん……。まあ、太いっちゃ太いんじゃないかな?」
「そうなの!? ああ、大きい声出してごめんなさい。へえ、そうなんだ。ねえ、今度穂ノ介くんの家に遊びいってもいいかな。あ、別に変な意味じゃないよ。ほら、穂ノ介くん家って大阪にあるんでしょ。わたし大阪に行ったことないから行ってみたいなぁ……なんて」チラッ
就職を機に実家を離れて二年。そういえば全然帰れていないな。
「いいよ。たまには親に顔見せないとだし」
「ヤッタ」
「ん? 何か言った?」
「ううん。なにも」
こうして僕は、久しぶりに実家に帰ってみることにした。
「お帰りなさい穂ノ介。あら、そちらのかわいらしいお嬢さんはどなたさんかしら?」
「ああ、紹介するよ。職場の同僚の新庄さん。なんか大阪見てみたいって」
「そうなの。ささ。どうぞあがってください」
「あ、えっとお邪魔します」
「どうしたの? なんかいつもと雰囲気違うけど」
「いや、まあ、その、結構大きなお体をされているなあと」
「うちのかあさんは昔からこうだよ。母さん、いま体重いくつ?」
「こらこら大人の女性に体重を聞くもんじゃないよ。130キロよ」
「痩せたね」
「それをいうなら穂ノ介のほうじゃない。ちゃんとご飯食べてるの?」
「食べてるつもりなんだけど、どうも忙しくてね」
「それはだめよ。いまからあんたが好きだったもの作るから、いっぱい食べていきなさい。お嬢さんもご一緒にどうぞ」
「あ、はい」
そういうと早くも母親は台所に立った。
「まずはこれね」
「うわあ、これだよこれ。懐かしい」
「なに……これ」
「ピザだよ。ああ、うちのピザは厚さが七センチくらいあるんだ。中はミルフィーユ状になっててね。チーズと肉の多層構造が織りなすハーモニーは至高の体験だよ」
「胃もたれしそう……」
「あ、忘れるところだった。母さんごはんちょうだい」
「ウソでしょ。ピザをおかずにご飯食べるの?」
「うん。普通じゃないの?」
「普通じゃないよ」
「ほら穂ノ介。よそったよ」
「ありがとう。あれ? 新庄さんどうしたの?」
「えっと……このごはん茶碗に盛られたものは……」
「ごはん。ああ、そっか、うちではごはんと言えば天かすなんだ。そっか、ごはんっていえば普通はお米だったね」
「ヤッバァ……」
「どうしたの? 全然箸が進んでないけど」
「うーん、今はお腹空いてないかな……」
「そう。あ、じゃあ母さん、なんか飲み物だしてよ」
「ああ、いいです。どうせカレーとか出すんでしょ」
「どういうこと? カレーは静脈注射でしょ」
「異常者かよ! ああ、すみません大声出してしまって。あ、じゃあお茶を一杯……」
「ごめんなさいお嬢さん。お茶を飲む習慣がうちにはなくてね。代わりにこれを」
「コーンスープ……ですか」
「いいえ。溶かしバターです」
「飲めるかぁ!」
「そお? うちではよく羊羹とお茶のかわりに、角切りバターと溶かしバターをセットでお出ししてるのだけど」
「両方バターじゃねえかよ! 個体と液体の違いを楽しめってか!?」
「じゃあマヨネーズでも」
「マヨネーズも飲み物じゃねーよ!」
「じゃあケーキはどうかしら?」
「そうだよ。母さん特製のケーキはもう美味しくてほっぺたが落ちるよ」
「あ、じゃあ飲み物じゃないけど、それなら。少しで! 少しで構いませんから」
「そう……? ちょうどホールで冷蔵庫にあるんだけど残念。じゃあ、ちょっと待ってね」
「はぁ……。まさか実家が太いってそういう意味かよ……」
「お待たせ。はいどうぞ」
「あの……これは……」
「ケーキだけど?」
「この妙に黄色いクリームは」
「マヨネーズだよ」
「このイチゴ的ポジションに乗っかってる茶色のものは……」
「唐揚げだね」
「このスポンジは……」
「チーズとパティだね」
「これさっきのピザじゃねえかあああぁぁ!!!!!! あああぁぁぁぁ!!!!」
「う~ん。この味。やっぱり実家が太いと安心するなあ~」