全力回避桃太郎。
むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが暮らしていました。
ある日、おばあさんが川で洗濯していると、川上から大きな桃がどんぶらこと流れてきました。
桃を持ち帰ったおばあさんがおじいさんと一緒に中を割ると、中から元気な男の子が出てきました。
男の子は「桃太郎」と名付けられすくすくと育ちましたが、ある日のこと、
「桃から産まれたから桃太郎って安直だよな。ていうかダサい。普通に太郎にしてよ」
おじいさんとおばあさんは、息子の願いを聞き入れ、改名することにしました。
桃太郎──改め、太郎はそれからもすくすくと育ちました。ある時、太郎が浜へと魚を釣りに出かけると、子供たちにいじめられている一匹の亀を見つけました。太郎が亀を助けてやると、亀は突然、人語を話し始めました。
「ぐへへ。ありがとうございやす。お礼をさせてくやさい。ぐへへ」
なるほど、虐められていたわけです。
「その前に、お名前を窺っても?」
「あー、えーっと俺の名前は太郎。苗字は……なんつったけな。浦島とか言ったかな」
「浦島太郎さんですね。ぐへへ。では、とびっきりのおもてなしをしますので、どうかわだすの甲羅に乗ってくだせえ」
太郎が甲羅に乗ると、亀はゆっくりと歩き出しました。
「これいつまで乗ってればいいの?」
「いやあ、すいやせん。浜にいるとききゃあ降りてくだせえ。海中でおなしゃす」
それから海中で甲羅に乗った浦島太郎は、どこかへと連れていかれました。
「ぼこぼごぼごお! おぼぼぼぼぼおぼぼ! ぐぼぼぼ!」
「なーに言ってんのか全然わかんねぇや。ハハハハハハ」
海中で浦島太郎は溺れかけましたが、亀頭を掴んで無理やり水面に浮上させました。
「俺を溺れさす気か!」
「すいやせん、うっかりしてました」
「うっかりだとてめぇ! ていうか、どこに連れていくつもりなんだよ!」
「もうすぐわかりますよ。……ほら、噂をすれば」
亀の進む先に、小島が見えました。
「ま、まさか……!」
「ええ、そのまさかですよ。あなたの本当の名前は浦島太郎ではなく、桃太郎。そして私は昔話修正人。ストーリーを逸脱するようなキャラに接触し、強制的に修正するのが私の仕事です」
「昔話修正人? お前亀だろ」
「そういう細かいことを言ってるとモテませんよ」
「モテなくて結構! さっさと下ろせ!」
「いいのですか? ここで下ろせばあなたは溺れて死んでしまいますよ」
「ッチ……」
「ご安心ください。殺しませんから。ただ、物語を修正するだけです」
しばらくすると、亀に乗った浦島太郎──改め、桃太郎は鬼ヶ島に到着しました。
「ここから先は一人で行ってください。ああ、それと黍団子を預かっています」
「預かっているって誰から」
「おばあさんからです」
「あのババア! 裏切ったか!」
「では、ちゃんとお供をお探しください」
そういって亀は泳いでいってしまいました。
仕方がないので桃太郎は、鬼ヶ島の中へと進んでいきました。
「しっかし、お供なんているのか? ここってもうすでに鬼ヶ島だろ」
しばらく歩いていると、なんと一匹の犬を見つけました。
「ぜってぇ野良犬だろ……狂犬病持ってたらヤバいんだけど……」
それでもやるしかありません。
「あーもしもし。そこのお犬さん。ちょっといいかな」
「はい。なんですか」
やはり人語を理解する犬でした。
「黍団子を上げるからさ。ちょっと鬼退治に付き合ってくれないかな」
「えぇ……そんな低報酬で?」
「あーわかるよ。俺も思った。こんな団子で命賭けれるわけねえだろって。でもな、そういう流れなんだよ」
「えー、流れって何ですか」
「まあ、そう固いこと言わずに。鬼に勝ったらさ、なんでも好きなもの買ってやるから」
「なんでもですか!?」
「なんでもだ。なにがほしい」
「そうですねえ。じゃあ、弟たちに腹いっぱい食べさせてやりたいからまずはお肉だ! それから家がボロボロだから家も建ててくれ!! それから弟たちに暖かい毛布を! それから……」
「おまえ……家族思いのいいやつなんだな! よし、気に入った! 絶対にその夢俺が叶えてやる! 男同士の約束だ!」
そういうと桃太郎は袋から一つ黍団子を取り出して、犬に与えました。犬はそれを一口でぱくりと食べました。
「どうだ? 美味しいか?」
しかし、犬は直立したまましゃべろうとしません。
「おーい。もしもーし」
そのときです。背後からのっそりと、先ほど別れたはずの亀が現れました。
「おお、なんだお前か。どうかしたか」
「ああ、それなんですけどね。実はうっかりしてまして」
「なに?」
「袋はもう一つあったのです」
「袋? 何の袋だ」
「毒団子です。こっそり鬼に食わせて即死させろと、おじいさんが用意したもので……おや、もう一匹目のお供を見つけられてましたか。順調そうで何よりです」
その瞬間、桃太郎は急いで亀からその袋を奪うと、中の一つを亀の口に突っ込みました。
「食え! こいつを食え!」
必死に抵抗する亀でしたが、ついにごくりと飲み込んでしまいました。
「なにするんですか!」
「どうだ、美味いか? 美味いだろう……なぁ……」
「そんな美味しいわけ……え? 美味しい……。どうして?」
「畜生……。うぅ……ちくしょう……」
桃太郎の両目から大量の涙があふれてきました。
それから桃太郎はたくさんの落ち葉を集めてきました。その上に犬の体を横たわれせて、火をつけました。
(安らかに眠ってくれ……)
小一時間、桃太郎はじっと座り込み、灰になっていく様子を亀の肉を食いながらぼんやりと眺めていました。
完全に燃え尽きると、桃太郎はその灰をかき集め、毒団子が入っていた袋に入れて、犬が歩いてきた方向へと向かいました。
しばらく歩き続けると、ボロボロの犬小屋を見つけました。
「あのーすみません」
「はい。なんでしょう」
一匹のメス犬が桃太郎の声に反応しました。しかし、桃太郎はなんと言えばわからずに棒立ちしていました。
「あの……これ……」
「なんですかこれ」
「実はその……」
その時です。びゅっと風が吹いて、灰の一部が空へと舞いあがりました。すると驚くべきことに、灰のかかった枯れ木に花が咲き始めたのです。
「ウソでしょ……。花が咲いたってことは、兄ちゃん? そんな……いやあ!!!!」
犬が叫んだその時、空から一羽の雉が桃太郎めがけて飛んできました。
「はーいどうもー」
「なんだお前は」
「昔話修正人でーす。桃太郎さん、あなたまたやっちゃいましたね。困りますねー。そう何回も脱線されたら」
「こ、これは……! そうは言っても!」
「しかも今回は他作品における重要キャラの殺害。重罪ですよー。モブキャラに降格どころの騒ぎじゃありませんよ」
「これには事情があってだな」
「はい、わかってます。うちの者がやらかしたとのことで、今回のことは不問にいたします」
「それはよかった」
「ただし! あなた毒入り団子を道に捨ててきましたね? あれはまずかったですねー」
「だってそうしないと」
「わかってますよ。わかってます。火葬して弔って、灰を遺族の元へ届けたかったのでしょう。そのために袋を空ける必要があった。でもね、その中身はちゃんと埋めるべきでしたね。あの毒団子、鬼が持って行っちゃたんですよ」
「てことは、毒団子は悪事に利用されてしまって……」
「いえ、そうじゃないです。鬼がね、自分たちで食べちゃって全滅しちゃったんですよ」
「え?」
「困るんですよねー。いいですか桃太郎さん、物語には順序ってものがあるんですよ。桃太郎はまずお供を集める。そしてお供と一緒に鬼を退治する。この流れが重要なんです。それをあなたは全部すっ飛ばして鬼を倒しちゃうものだからこっちはもう大変ですよ」
「あの……じゃあ、どうすれば……」
「ご心配なく。我々は新たな桃太郎を用意することにしました」
「そうか。……え? ちょっと待って! 用意するのは鬼だろ? なんで俺の方を……」
「理由は複数あります。一つは、あなたを降板させろという意見が多数出たから。よかったじゃないですか。もともと桃太郎やりたくなかったのでしょ? それと最大の理由なんですが、桃太郎は一人の人間を用意すればいいだけですが、鬼は何十人と用意しないといけないということでして」
「まさか、俺に鬼役を同時に何十人もやれというのか? そんな影分身みたいなこと──」
「できるわけない、とおっしゃりたいのですよね。わかりますよ。わかります。でもですね、できるんです。そもそも不思議に思いませんでしたか?」
そのときです。どこからともなく屈強な大男が桃太郎の目の前に現れました。
「不思議って、なにが……」
「あなた生まれる前は、桃の中に入ってたんですよね。で、おじいさんとおばあさんはその桃を真っ二つに切ったと。だったら──どうしてあなたは斬られて死んでないのですか?」
桃太郎はぞっとしました。頭の中に、ある恐ろしい想像が浮かんだからです。そんな桃太郎をよそに、雉は言います。
「説明しますとね、あなたには生まれながらにして異常な治癒能力が備わっているのです。それこそ真っ二つに切られても切断面を即座に合わせれば元に戻ってしまうくらいのね。では、その切断面を即座に切り離したらどうなるでしょうか。さすがに死んでしまうと思いますよね? ところがどっこい。二人になるんですよ」
雉は不敵に笑いました。
「ここまで説明すればおわかりでしょう。ええ、そうです。いまからあなたを真っ二つに切って、数を増やしていきます。大丈夫です。痛みはほんの一瞬ですぐに痛くなくなりますから。ただし、分裂するたびに知能は低下していきます。まあ、それは当然と言えば当然でしょう。一人の人間の知能を分け合っていくわけですから。
さて、そんな知能の低い人間をなんというかご存じですか? そうです。鬼です。実を言うとですね、あなたが倒そうとしていた……いや、実際に倒してしまった鬼たちなんですが、彼らも元は一人の人間が分裂したもの。そう、先代の桃太郎だったのですよ。いやあ、真実って怖いですねー」
「うそだ……そんなこと……。なんで、どうしてこんなことに……」
桃太郎は後悔しました。
(自分が毒団子をちゃんと捨てていれば……。いや、そもそもなんでお爺さんは毒団子なんかを俺に渡して……)
そのとき、疑問を覚えた桃太郎の頭の中に一つの真実が浮かび上がりました。
「は! そうか……! 鬼は斬られてもすぐに治癒するし、半分にしても分裂するだけ。だからおじいさんは俺に毒団子を……」
真実に気づいた桃太郎は現状を変えるため、必死に雉に訴えました。
「ごめんなさい! 許してください! 何でもします! 鬼はなんとか人をかき集めて鬼のふりをさせますから! どうかこの通り見逃してください! 鬼になんかなりたくありません!」
すると雉は大きなため息をつきました。
「桃太郎さん。残念ですがそれは無理なんですよ」
「そこをなんとか! たくさん人を集めてきますから!」
「だから、その人がいないって言ってるんですよ。桃太郎さん、ちょっと思い出してほしいんですけどね。この旅の道中でおかしいなって思ったことありませんか?」
雉に問われて、桃太郎は必死に違和感を探しました。そしてまた、とある可能性に気づいてしまいました。
どうして亀や雉は自らのことを「昔話修正人」と名乗るのか?
どうして彼らや犬は人語を理解できるのか?
「まさか、お前ら……」
「そうです。私ら全員、元は人間です。主要キャラ以外は邪魔ですからね、全員動物にさせられているんですよ」
世界の真実に気づいてしまった桃太郎は、膝から崩れ落ちました。
「そんな……、お、おれが今まで過ごしてきた世界は……」
精神が崩壊してしまった桃太郎を横目に、雉は近くにいた大男に言います。
「かわいそうに、鬼になる前から廃人とは……。すみませんね金太郎さん、ちゃちゃっと終わらせてください」
金太郎は無言で頷くと、桃太郎を真っ二つに斬っていきました。
「さてと。……おや?」
一仕事終えて雉が飛び立とうとしたとき、数匹の子犬が桃太郎のことを睨んでいました。何か思うことがあった雉は、その中で一際強い殺意を抱いていそうな犬に訊きました。
「きみ、桃太郎が憎いか?」
「うん……!」
「殺したいか?」
「うん……!」
「そうか……。よし、わかった。お前にその機会をやろう。これからお前を本土に連れていく。そして数年後、お前をある男に会わせてやる。きっとお前はその男から団子ひとつで鬼退治に誘われるはずだ。傍から見れば異常だ。命を懸けるほど団子には価値はない。だが! もらえ。そしてついていけ。奇しくもその男の名は桃太郎という。だが、あの桃太郎とは別人だ。抑えろ。心の下で復讐の刃を研ぐのだ。その時が来たら解き放て」
「うん……! うん……!」
「案ずるな。その時は俺もお供しよう。実は俺の知り合いに蟹を殺し損ねた猿がいてね。というよりも殺さなかったという方が正しいかな。心優しい奴なんだ。でも役割を全うできないやつは役を下ろされる。そいつはいま暇を持て余している。今度会わせる。一緒に特訓するといい」
そうして一匹の犬は雉と共に空へと旅立っていきましたとさ。
めでたしめでたし。