ある日のことだった。タカシはぼくに言ったんだ。
ぼくの部屋はとても狭いので(どれくらい狭いかというと、転売ヤーの幸せを願う心くらいに狭いので)、いつも壁に向かって寝ているのだけれど、そこに人の顔のシミが出来上がっていた。
最初見た時は、うわあなんじゃこれゃい! と慌てたもんだけど、自分の顔がピッタリと当てはまるので、なるほどこれは、自分の寝顔でできたデスマスクなのだと理解した。
ある日、壁の染み(タカシと命名)の目玉から白いキノコが生えてきた。お察しの通り、貧乏人であるぼくは、お腹が空いていたのでタカシから取れたキノコを食べた。
するとタカシが話しかけてきた。なるほどこれはキノコの幻覚作用なのだ。
会話する日々を送るうちに、いつしかタカシとは親友になっていた。タカシはいつだってぼくを肯定してくれる。でもある日、タカシが激怒した。
「なあタカシ。ぼく、好きな人ができたんだ」
「おいおい、マジかよ。俺という親友がいるのによう」
「ごめんね……。でも、大好きなんだ」
「ふざけんなよッ!!!」
「ごめん…………」
「……っぱいは……きいの……か?」
「え?」
「おっぱいは大きいのかって聞いてんだよ!!!!」
「う、うん。大きいよ。スイカ……いや、おばけカボチャくらい大きい」
「じゃあ許す」
タカシは巨乳好きだった。
それから三人の奇妙な共同生活が始まった。
ぼくの恋人はキョウコさんといった。キョウコさんは優しくて、タカシと同じくらいぼくに優しくしてくれる。でも、タカシとキョウコさんの仲はあんまりよくなかった。
タカシがそういう態度を取るのは分かってた。けれど、まさかキョウコさんまでタカシに意地悪するとは思っていなかった。具体的に言うと、キョウコさんは、タカシを無視するのだ。
仕方がないので、ぼくは間に入って二人を取りなす。しかし最初は耐えられたけど、だんだん苛々してついにこのあいだ、ぼくは初めてキョウコさんに怒鳴ったのだ。
「どうしてタカシを無視するんだ!」
つい怒りに任せて、ぼくはキョウコさんを叩いてしまった。でも、叩いてから後悔した。それから怒ったキョウコさんはぼくと口をきいてくれなくなってしまった。
ぼくは何日も謝り続けた。でも、キョウコさんはぼくを無視し続ける。二日が経った。今日もキョウコさんは部屋の隅に座って、ぼくを睨みつける。
三日が過ぎ、五日が経った。キョウコさんが臭い。
一週間が過ぎた。キョウコさんがかなり痩せた。
二週間が過ぎた。キョウコさんのまわりにたくさんの虫が飛ぶ。
一ヶ月が過ぎた時、キョウコさんの体から白いキノコが生えてきた。ぼくは、そのキノコをちぎって、食べた。
あはは。
そしたら、久しぶりにキョウコさんがぼくに話しかけてくれた。
あれは、うれしかったなあ……。
それからというものの、ぼくたちの間で、喧嘩も無視も一切なくなった。いまではタカシもキョウコさんも楽しく会話し、ぼくたちはずーっと仲睦まじくで暮らしているんだ。