彼はそこで何をしていたのか?
「とある施設のとある場所において、そこには裸の男──あるいは裸の女が立とうとして時に列を作る。そこに立つ、ただそれだけで、その後はすぐに立ち去る。あるものはそこに立って悲しみの表情を浮かべることもあるだろう。またあるものは喜ぶかもしれない」
「変な場所ですね」
「だろう」
「そんな場所があるんですか?」
「当然あるとも。そこがどこなのか答えを知ったら君も納得するだろう」
「で、どこなんですか?」
「簡単だよ。銭湯の体重計の上さ」
「ああ、なるほど。たしかにそうですね」
「物は言いようってことさ。じゃあ、つぎの場所はどこだか当ててみたまえ」
「頑張ってみます」
「そこでは基本的に一人だ。だが、たまに複数の人間が同時に使用する場合もある。基本的な用途は一つだが、そのほかのことに使われることは珍しくない。真逆の行為をするものもいて、ちなみに今の私がそれをしている最中だ。基本的に長居したくないところではあるが、止む負えない事情があればそこに居続けなければならない」
「なんでしょう。難しいですね」
「それは日本中──いや、世界のおよそ文明のある場所ならどこにでもある。当然きみも行ったことのある場所だ。狭い場所が多いが、広くできないからそうなのではなく、これは必要性の問題だ。あるいは心理的な理由から狭くしている側面もあるだろう」
「あ、もしかしてわかっちゃったかもしれません。ただ、そうだとすると一つの悲しい事実が浮かび上がるのですが」
「そこには様々な呼び方が存在している。日本では和製英語の名称が一般的だ。隠語も多様にある。ちなみに、いま私がそこでしている行為は日本語の名称が一般的だ。漢字表記にして三文字」
「なんとなくですが、わかりました」
「和ものと洋ものがあるが、現代日本では洋が一般的だ。公共のものには人の形が描かれた看板が設置されている。そしていまの私は座っている」
「あ、もう答えわかりました」
「そこには紙が置かれている。しかし今の私は紙の代わりに小さな箱を持っている」
「はい、もう完全にわかりました。わかりきってます」
「その紙は尻を拭くためにある。そしてそこは臭いんだ。とにかく臭い。しかも汚い。でも私にはここでしかできない。うぅ……なんで、なんで私は……。ああ……」
「泣かないでくださいよ」
「ごめん……でも寂しかったから……」
「便所飯中に電話しないでください。ほら、出てきてください。一緒に食べましょう」
「いやだ……私じゃなくて、君がこっちにきて。ここで一緒に食べよう」
「お断りします!」