名前を与えよう
父さんは急いでライダーとギルドに向かい、野盗討伐とミスリルの奪還の依頼をしたようだ。僕は部屋で動き回るスライムを見ていた。
魔物使い、まさかとは思うけど、スライムと言えどこんなに人に懐いたことを聞いたことが無い。もしその素質があったら磨いていけば僕もブラック冒険者になれるのかなぁ…。ライダーさんと出会い冒険者になろうかと考えていたのだから、そういった稀有な特性があるのならその思いはよりはっきりとしたものになるんだろうな。
この世界にはそれぞれ固有の特性があり、それはこの世界では十二歳になる時に神殿で行われる儀式で初めて自分も知ることができる。自分がどんな特性を有しているかをはっきりと知ることになり、それによって今後の人生の進み方が決定づけられる。家業を継ぐ者であれば修行に入り、知識や剣術を更に追求する者であれば王立の学校へと進学する。その道は個人の自由で選択することができる。
そう、実は冒険者も十二歳でなることができる。だけど十二歳で命を賭けるような冒険者になりたがる人間はそういないので、そのような話は聞いたことが無い。もし僕が魔物使いであれば、数少ない特性だし、十二歳で冒険者になるのは確定だな。そんなことを考えるとまるで自分の夢が近づいたようで嬉しくなった。
そんな色んな思いを馳せながら、少しこの動き回っているスライムについて考えてみることにした。スライムは食べてほしいもの以外は食べないようで、許可が無いものは興味を持っても食べないようだ。代わりに許可を与えると一瞬で飲み込んでいく。ワイルドドッグを包み込み一瞬で消化していったけど、このスライムは一体どれ程までのモンスターを飲み込めると言うのだろうか。
もう一つ気になった点があった。このスライムはかなりの速度で移動できる点だ。スライムは基本的に動きが遅いし弱い。そして人間は食べない。そのために子供でもなんとかなると言われているのだ。ただこのスライムは、今まで見たことが無い速度で移動できる。ライダーさんにもそんな速さで移動できるスライムを知っているか尋ねたけれど、今まで見たことが無いって言っていた。このスライムは何か特殊な個体なのかも知れない。
まぁ、とりあえず名前を付けようか。スライムって呼んでたらなんか他のそこら辺にいるのと一緒みたいだし。
「速いスライムかぁ…。」
目の前でのんびりとしているようなスライムを改めて見つめながら思案に耽る。名前なんて付けたことないから、いい名前がさっぱり浮かんでこない。スライム、水っぽい、水の中を早く動く生き物…。
「マグロ!」
そう言うとスライムは全力で僕の顔にボディアタックをかましてきた。うん、ちょっと痛い。これは嫌なんだなということが全力でわかった。結構な攻撃力があって、更に速いとなれば…。
「シュクバル!」
なんでこんなものを知っているのかと言われると、僕にもわからない。水の中を速く動くということで頭の中でこの言葉が浮かんできたんだよね。でも、スライムは嫌ではなかったのか、座っている僕の膝の上に飛び込んできた。うん、これで決定でいいだろう。
「今日から君はシュクバルだよ。」
持ち上げたスライムはその身をまたもプニプニと動かしてまるで喜んでいるように見えた。
その夜、スライムは眠るのか横になって見ていると、シュクバルはその体を重力に負けるかのように少し崩しつつ動かなくなっていた。どうやらスライムも睡眠をとるようで、恐らくその状態が寝ているようだった。いくら懐いているとはいえ得体の知れない生物だと思って警戒している部分もあったから、基本的には生物としての食事を取り眠るということをするんだと知って安心した。
次の日の朝、早く目が覚めた僕は珍しく父さんとゲイル兄さんと食事を取った。父さんの話だとライダーさんがもう一人の漆黒の冒険者と共に早速野盗討伐へと向かってくれたらしい。父さんは、ライダーさんの素性を知って、嬉しそうだった。自分の見る目が間違ってはいないということが嬉しかったのだろう。
僕が言うのもなんだけど、父さんはそんなことを改めて思わなくても人を見る目があるよ。今までだって父さんがこの鍛冶場を持って直接手を掛けてきたのは王国騎士団団長クラスだし、冒険者だってプラチナプレート所持者以上みたいだし。皮肉ではないけど僕の鍛冶の才能の無さを見抜いて強制しないわけだしね。
とりあえず野盗討伐が無事に終わるだろうと思うとホッとする。記憶があやふやな部分も多いけど、本当に怖かった。自分ながらよく小便を漏らさないで済んだと思う。シュクバルが蹴られて動かなくなって感情のスイッチが入ったっていうのもあるんだろうけど。それでもやっぱり今思い出しても本当に怖かったし痛かった。でも、痛いことを嫌とは思えない気持ちもあるんだけどどうしてだろうな。
父さんとゲイル兄さんは仕事場へと向かっていくのを見送った後、慌てて二人を追いかけた。昨日余った捨てる鉱石をもらいに行こうと思っていたのを思い出したからだ。シュクバルのご飯になればいいなと。
父さんに鉱石をもらってきたけれど、ミスリルが無くなっているためか、あまり捨てられる予定の鉱石は少なかった。それでも木箱に入れた鉱石を邪魔にならない所に運んで、シュクバルをその前に置く。
「シュクバル、中に入っている鉱石、食べてもいいよ。」
その言葉を聞いたシュクバルは中の鉱石の上に乗っかってまるで溶けるかのように鉱石を包み込んだ。そして、ゆっくりとシュクバルの体が下がっていき丸い形を取り戻していく。どうやら食べ終えたようだ。
「おぉ、シュクバル!偉いぞ、美味しかったかい?」
食べ終えて木箱から飛び出てきたシュクバルの頭を撫でた。鉱石を食べるのは何となく想像できたけれど、草木も食べるはずなのに木箱は食べないでそのままの形状を維持している。やっぱり言葉が通じているのかと思うと嬉しくなった。
「おぉ、鉱石も食べるんだな。こいつがいたら余計なゴミを出さないで済むし、ありがてぇ。」
父さんは仕事をしつつもシュクバルの様子を見ていたようで、シュクバルが鉱石の端材を処理したことに感心している。うん、シュクバル、どうやら家族の一員として認めてくれたようだよ。
昨日、僕の命の恩人って言ってくれた時でわかってはいたんだけどね。とりあえずシュクバルが褒められると僕まで嬉しくなる。
更新の度にお読みいただき感謝しております。
頭の中で思い描いているシーンを文章化するのって中々難しいですよね。