ヒンニル村
「む、村に着いたけど…。本当にどうしよう…。」
村の入り口を目の前にして、僕は横にいるスライムを見て困惑してしまう。いくらスライムと言えど魔物を村になんて入れたりしたら、大問題とかになりそうだし…。村の見張りの人も睨みつけるように見てるし…。
「あっ!カイーン!」
顔を上げるとそう言って手を振る一人の猫耳の少女。白い髪に深青の瞳をしていて可愛らしいこの子がミュイである。
「あっ!ミュイ!」
僕も手を振り返す。
「どうしたの?そんな所で突っ立って。」
「いや、実はさ…。」
道中で起きたことを話す。
「えっ、そんなことあったんだ!にしても、魔物が人に懐くなんて…。」
ミュイはそう言うとしゃがみ込み僕の足元にくっついているスライムに恐る恐る手を伸ばした。スライムも敵意は無いと判断したのか、ミュイの手に頬をくっつける様な動きをして見せる。
「えっ、何この子!可愛すぎでしょ!」
ミュイはその動きが嬉しかったのかスライムの頭を撫でた。
「う~ん…。とりあえずお父さん呼んでくるから少し待ってて!」
「ありがとう、助かるよ!」
ミュイはそう言って村へと駆け足で戻っていった。ミュイが偶然顔を出してくれてホッとした。胸をなでおろしていると、ミュイは灰色の耳と髪をした切れ長の目の猫人を連れてきた。この人が父さんが取引を行っているムスタさんだ。
「ムスタさん、お久しぶりです。すいません、来て早々呼び出すようなことになってしまって。」
「カイン、お久しぶり。それでミュイから話は聞いたんだけど…。これがそのスライムかい?」
ムスタさんは僕の足元を機嫌が良さそうにプニプニプニプニと動き回っているスライムに目を移す。まるで足元から離れようとしない。
「そうなんです。村に入ろうと思っても、この子いたら入れないと思って…。攻撃性は全く無いようなんですが…。」
「ふ~む。」
ムスタさんは人差し指でスライムを突っついてみる。スライムは気持ちいいのかその体を揺らしながら突っつかれている。
「プニプニだぁ!」
ムスタさんの何かを刺激してしまったようだ。眼を輝かせて凄い速さでスライムを突っついている。スライムも嫌ではないようで、激しくプニプニさせていた。
「はっ…!すまんすまん!う~ん、まぁ確かにこちらから手を出さなければ害は無いようだし村に入れてもいいよ!村の人には僕から伝えておくよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「えへへ、カイン、良かったね!」
「うん、ミュイもありがとうね!」
ムスタさんは見張りに事情を説明するとそのまま自宅へと案内してくれた。
「して、今回はどうしたんだい?」
「えぇ、実は…。」
僕はムスタさんにミスリルが届いていない旨を伝えた。スライムは僕に抱きかかえられるようにして大人しくしている。
「何だって!?ミスリルはいつも通り依頼状を持って村に来た冒険者に運搬をお願いしたんだが…。いや、しかしジョセフの手元に届いていないっていうことは…。」
ムスタさんは険しい顔をしてしまった。その表情からきっと何か良くないことが起こっているんだと子供ながらに察してしまう。
「ちょっと待ってて…。」
ムスタさんは机に腰掛け、何かを慌しく書き始めた。僕とミュイはそんな様子を黙って見守っていた。
「カイン、ジョセフにこの手紙を渡してくれないか。」
ムスタさんは僕に一封の封筒を手渡した。僕はそれを収納袋に丁寧に入れる。
「わかりました。父さんに渡しますね。」
「あぁ、それとせっかく来てくれたところ申し訳ないんだが、暗くなる前に急いで帰った方がいい。何やら嫌な予感がするんだ。」
「はい、僕も今日中に帰ろうと思っていたのですぐに帰ります。また遊びに来ますね。」
「あぁ、今度はゆっくりと遊びに来るといい。カインが来るとミュイも喜ぶからね。」
「それじゃあ、ムスタさん、ミュイ、また。」
僕が手を振ると二人も手を振り返してくれた。ムスタさんの家を後にして来た道をまた急いで戻ることにした。
駆け足で来た道を戻っていく。スライムも問題なく付いてくる。
ムスタさんの反応が気になっていた。ミスリルはいつも通り取りに来た冒険者に運搬を依頼したって言っていた。となれば考えられるのはその冒険者が偽物だったか、運搬途中で襲われたかのどっちかだ。
この辺は冒険者活動も盛んで冒険者は野盗討伐も依頼されるから、この辺で野盗の出現なんてあまり聞いたことがない。だから父さんも大丈夫だろうと送り出してくれたんだ。
「おい、坊主!止まりやがれ!」
急に目の前に三人の男が現れた。怪しさしか感じられない三人を前にして、本能的に僕は身構える。
「…何か用ですか?僕は急いで街へ戻らなくちゃいけないんですけど。」
「身に着けている物置いて行きやがれ!そうしたら、痛い目には遭わせねぇでやるよ!」
「…たまたま村に遊びに行っただけの僕が価値のある物なんて持っている訳ないでしょう?」
恐怖を感じつつもそれを感じさせてしまったら終わりだと思い、必死に言葉を探して流そうとする。
「あぁ?金になるかならないかなんておめぇが決めることじゃねぇんだよ!」
そう言って一人の男が僕の足元にいたスライムを蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたスライムはその場で動けなくなってしまった。
「スライムッ!なんてことをっ!」
「あぁ?てめぇにまとわりついていたスライムを追い払ってやったんだろうが!」
何となく可愛くなっていたスライムを蹴り飛ばされて僕はカッとなってしまった。腰から携えていた短剣を構えた。
「やる気か?坊主?あぁ!?」
一人が威嚇しながら僕に殴り掛かろうとする。僕は身を逸らしてその攻撃を躱した。でも、逆効果だったみたいだ。
「このクソガキッ!」
不意に横からもう一人に蹴り飛ばされてしまった。その衝撃で僕は倒され剣は手から飛んでいった。倒れた僕に三人は殴る蹴るを繰り返す。
「ガキだからと思って人が優しくしてりゃ調子に乗りやがって!こっちはガキ一人殺そうがどうでもいいんだよ!」
痛い…、苦しい…、動けない…。
口から血を吐き動けなくなってた僕を見て、三人は僕の持っていた剣を見る。
「おい、この剣かなりの上物だぜ!」
「こりゃ間違いなく、ガルシアスのとこのやつだ!」
「こんなガキがガルシアスのとこの武器持ってるってことは…。」
剣を見ていた三人が改めて僕を見る。
「あぁ、こいつ恐らくガルシアスのガキだな。」
「ってことは、こいつ攫ってがルシアスを脅せばいい武器作らせられるんじゃねぇか!?」
「ひゃはは!そりゃあいい考えだ!この前ガルシアスのミスリルも手に入ったしな!大量に作らせようぜ!」
この三人がどうやらミスリルを奪った関係者なのは間違いない。でも、そんなことは今はどうでもいい。とりあえず父さんが僕のために作ってくれたあの剣があいつらに渡るのだけは許せなかった。動けない体で必死に力を振り絞って立ち上がった。
「そ、その剣を返せっ…!」
「ちっ、この野郎…。クソガキが黙って寝てやがれ!」
立ち上がって叫んだのも束の間、またも蹴り飛ばされて倒れてしまった。そして一人の奴の脚が思い切り倒れた僕の顔面を蹴り飛ばした。
もうダメだ…。
「全ての力を込めてリバースと叫ぶんじゃ!」
意識を失いかけた僕の頭の中に、なんだか聞いたことのあるような声がした。もうほとんど声も出ない中最後の力を振り絞った。
「リ、リバース…。」
僕はそのまま意識を失った。
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