なんか懐かれちゃった
支度を整え家を出て北にあるヒンニル村を目指して歩を進める。広大な平原の北に聳え立つヒンニル山脈で雲を突き抜ける様に白い山がブライト氷山だ。何でもブライト氷山には竜が住んでいるらしくて、王国の人は近付こうとはしない。昔、無謀にも竜に挑んだ結果、王国は滅びかけてしまったという噂があるからだ。
目の前をプニプニと動く丸い琥珀色の物体がゆっくりと這うように動いている。これがスライムだ。両手で抱えられる程度の大きさでクリクリした目をしていて、結構愛らしい。家に一匹いても可愛いだろうななんて思う。スライムは辺りの石や草を食べて生きているからか、攻撃するような刺激さえしなければ襲ってくることはない。
そんなスライムたちを眺めながら進んでいくと、一匹のスライムが茶色い野犬と対峙しているのが見えた。この野犬はワイルドドッグ。野犬と言っても魔物だ。攻撃的なんだけど臆病な性格でもあり、こちらが攻撃を仕掛けたりするとすぐに逃げる。ただ、スライムにとっては天敵というか格上の魔物になる。
…見掛けちゃったしなぁ。携えている短剣を抜き、スライムに飛び掛かろうとしたワイルドドッグに斬りかかった。短剣は見事にワイルドドッグの体にヒットした。ワイルドドッグは腹を裂かれてそのまま動かなくなった。相変わらずの切れ味に感心し、手にした緋色の刃先をした短剣を見つめる。
この短剣は父さんが僕のために打ってくれた剣。やっぱり父さんが打つ剣は違うなぁとかそんなセリフを頭に描いている。他の剣はわかんないんだけど。それでも普通の剣だとここまでの威力はないんだろうなと思う。うん、家族への贔屓目なのはわかっています。
「さてと…。」
目の前のワイルドドッグの死体の処理を行うことにする。冒険者とかだとギルドに持ち帰って処理してもらったりするんだけど、今回はそうはいかない。自分の手で処理しないといけない。
殺した魔物はそのままにしてはいけないというのが魔物を狩る者にとっての掟らしい。魔物には魔石というものがあって、それをそのまま放置するとその地によくないことが起こると言われているからだ。大体の魔物は心臓の背部に魔石があって、それを結合組織から剥がして処理としては完了だ。
手袋を履いて、ワイルドドッグの裂いた腹から手を入れて内部を探る。すると、心臓の裏に小さな硬い石のような物に手が触れた。そこに刃先を入れて剥離していく。すると、中から赤い透き通るような石が出てくる。これが魔石である。
剥離した魔石は収納袋に入れておく。ちなみにこの収納袋は特に空間拡張などが施されているわけではないので大した物は入れることはできない。
で、残ったワイルドドッグの死体をどうするかと思っていると僕の周りをプニプニと動き回っているスライムが目に留まる。なんか懐かれた?
まぁ、害は無いしいいか。それよりもこの子ワイルドドッグとか食べるのかな?スライムを抱いてワイルドドッグの死体の元に連れていきゆっくりと下ろす。
「…食べられるなら、食べてもいいよ?」
するとスライムはまるで覆い被さるかのようにワイルドドッグを包み込んだ。そのまま徐々に元のサイズへと戻っていった。どうやら消化し終えたようだ。
「…た、食べるんだ…。」
試してみたのは僕なんだけど、それでもスライムが他の魔物を食べるなんて知らなかったから驚いた。でもおかげで死体の処理をしなくて済んだし手間が省けて大助かりだ。スライムの頭を撫でた。
そこで少し邪な考えが浮かんでしまって、先程処理した魔石をスライムの顔に恐る恐る近付けてみた。すると魔石もスライムが飲み込んでしまった。
「おぉ!凄いぞ!」
またスライムの頭を撫でた。ワイルドドッグのような魔物でも魔石は持って帰るとギルドに報告して処理してもらう必要がある。ライダーさんからこの辺の流れは教わっていた。だからその手間が省けて嬉しかった。
「さてと、それじゃ僕は行くからね!ありがとう!」
僕は撫でていた手を放しスライムに手を振り、ヒンニルに向けて歩を進める。ちょっと時間を無駄にしたし急がなくちゃ。早歩きで進んだ。
だけど、ずっと後ろでプニプニプニプニと僕が歩くのと同じ速さで動く音が聞こえる。後ろを振り返ると先程のスライムが僕に付いて来ている。
「駄目だよ、付いて来ても何もあげられないよ…。」
苦笑いを浮かべつつスライムに伝えた。けど、この子絶対理解してない。止まった僕の足元にくっついている。スライムってこんな人懐っこいものなの?
「それじゃあ、ヒンニル村に着くまでだからね!」
まぁ、一人で歩くよりも気が紛れるかも知れないな。そう思って、僕はスライムが付いてくることを許した。というか、付いてくるなと言っても理解してくれないみたいだし…。
ヒンニル村に着いたらこの子どうしよう?最後に仕留める?
いや、もう多分この子を可愛いと思ってるから絶対無理だ…。どうしよう…。どっかで撒くしかないか…。
早足で歩きつつそんなことに考えを巡らす。そんな気も知らないでスライムは僕の横をプニプニプニプニと進んでいる。
…この子、スライムの癖に進むのめっちゃ速くない?
軽く走ってみた。するとスライムも速度を上げて付いてくる。全力で駆けてみた。スライムもまた速度を上げて付いてくる。
ス、スライムって実はこんなに速いんだ…。
スライムの速さを前に逃げるということが不可能である現実に、歩きながらも僕は頭を抱える。
な、なんて説明しよう…。
スライムはそんな僕の心配を他所に、プニプニプニプニとリズミカルに付いてくるのだった。
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