問題発生
ライダーさんは鍛錬場に着くと、いつもの様に収納袋から不思議な器具を取り出す。あの収納袋は中が拡張された空間になっていて様々な物が入るらしい。父さんにそんな性能の収納袋の金額を聞いたら、簡単に家を建てることができる金額だったからそれくらい貴重な物なんだとは把握している。
今日ライダーさんが取り出したのはトレーニングベンチとバーベルシャフト、バーベル、そして重さの異なるダンベルだ。そのセットを見ただけで、長らくライダーさんと一緒にいると今日のトレーニングが何を中心とするかわかってしまう。
今日は胸と上腕を中心に鍛えるんだな、と。しかし、ライダーさんの鍛錬はこの部屋を使う他の人たちとは全然違う。他の人たちは相手に見立てた丸太に木剣を振るうばかりだ。それだけでも、僕は興味深かった。
でも同じトレーニングをお願いすると何故かライダーさんはやらせてくれなかった。まだ成長中の体にはこのトレーニングは早いと。僕がある程度の歳になったらやらせてやると。だから結局鍛錬と言っても僕はただ剣を振るうだけに近いんだけど。
ただ、下半身は重要だと言ってバランストレーニングなるものをやらせてくれた。というか、めっちゃそれに関しては徹底的にやらされた。そのおかげもあってか、剣を振るう際に体がぶれることは無くなったし、一つ一つの動作が安定して行えるようになっていた。自分が変わっていくことは面白くて、基礎的な鍛錬と言われてもつまんないとは思わない。
百㎏を超えるベンチプレスをしているライダーさんの横で、今日も一本のロープの上に立ち安定して剣を振る練習をしている。おかげで踏み込みも強くなったし、当てた際の反動に対しても体を順応させることができるようになった気がする。
ある程度自分の鍛錬を終えたライダーさんは僕の鍛錬の様子を注意深く観察している。
「カインもバランスよく剣が振れるようになったっすね!どんなに強くても最後にものを言うのは土台がしっかりしているってことだから!でも、カインは本当によく飽きないで続けられるっすね!」
「僕はやりたいこともないから…。剣を振っている時が一番楽しいんだ。」
ライダーさんはわしゃわしゃと頭を撫でてくれる。不思議と嫌な感じはしないんだ。何となく僕を認めてくれているようで恥ずかしくなってしまう。
そんな感じでいつもライダーさんとの鍛錬は終わる。これがライダーさんがこの街にいる時の僕の日常。ライダーさんが街にいる時が一番楽しい。
そんなある日のことだった。ライダーさんは名が知れた冒険者であるとのことでしょっちゅう街から離れることが多かった。この日もライダーさんはいなかった。
僕はいつも通り、父さんと兄さんに朝の挨拶をしに工房へと向かった。その日は何故か慌ただしかった。
「すいません!ヒンニル村からミスリルが全く届かなくなってまして…。」
どうやら鍛冶をするのに使うミスリルが届かないようだ。ミスリルはここで鍛冶を行うのに重要な材料である。
ヒンニル村はブライト氷山へと連なるヒンニル山脈の麓にある亜人族の村だ。王国自体では亜人族に対する差別は禁止されているけれども、人間の中では亜人族に対する偏見や差別の心を持った者はまだまだ多かった。だから、亜人族はできるだけ王国とは関わり合いを避けた環境で暮らしていることが多かった。ヒンニル村もその一つだ。
父さんは別に亜人族に対する差別意識なんか持っていなかったし、寧ろ鍛冶をするために良質な鉱石が手に入るヒンニル村にしょっちゅう行っていた。僕も遊びがてらに連れて行ってもらったことがある。亜人族も僕らには優しかったし、自然豊かな村での思い出は楽しかった思い出しかなかった。
そんな交流を繰り返していく中で父さんの鍛冶への熱意がヒンニル村の人に伝わったのか、村から定期的に父さんの元にミスリル鉱石が届く契約を交わしていた。今までミスリルが届くのが遅れたなんて話は聞いたことが無い。
「今の受注量考えると、一週間もミスリル持たんぞ…。」
父さんが珍しく頭を抱えて悩んでいる。それも当たり前である。
「と、父さん?僕がヒンニル村に行ってこようか?」
ヒンニル村は一日あれば僕でも行ける距離でさほど遠くはないため、何度か徒歩で行ったことがある。だから今回の申し出も別におかしなことではない。
「カインか…。だが、こんなこと初めてだから村で何か起こっているのかも知れんしなぁ…。」
父さんは僕の申し出に困惑した表情を見せる。普段ならば二つ返事で許可するのだが、今回は今まで起きたことが無い異例の事態だ。慎重になってしまうのも無理は無かった。
「まぁ、お前ならムスタの奴とも知己だし話はしやすいか。…とりあえずヒンニルに行って状況の確認だけしてくれるか?」
ムスタというのは父さんが取引をしている鉱山を管理する猫人である。ムスタさんにはミュイという娘さんがいて同い年だったこともあって、ヒンニルに行くとよく遊んでいた。
「うん、わかったよ。父さん。すぐに行ってムスタさんから話を聞いて戻ってくるね。」
「おう、すまんな。気を付けて行けよ。」
ちなみにヒンニル村までの道中には丸っこいスライムがよく出るんだけど、こちらが手を出さない限りはプニプニと歩き回っているだけで特に襲ってきたりはしないから安全と言える。その他にワイルドドッグという魔物もいるけど、こいつも臆病だから対処さえ知っていれば問題ない。だから子供一人でも行くこともできるんだ。
それでもまだ成人していない子供を信頼して一人で行かせるなんてことは、普通の親ならしないと思う。でも、ライダーさんの傍でいつも鍛錬させてもらっていたから少しは認めてくれているのかななんてことを考えると、少しだけ嬉しくなった。
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