カイン・ガルシアスとその家族、そしてライダー・マッソー
「う、う~ん。」
目を覚まして目をこすりながら周囲を見渡す。取り分け特徴もない木製の机と布団が敷かれたベッドの部屋。これが僕の部屋だ。
「それにしても何だったんだろう、今の夢は…。」
夢というには余りにもしっかりと鮮明に記憶に残っていた。それでも全然実感もないような今までに見たことのないような夢。
「ま、そんなこともあるか。」
まだぼんやりとはっきりしない中で、身支度を整える。そして居間へと繋がる階段を下っていく。
僕はカイン・ガルシアス。もうすぐ十歳になるどこにでもいるような普通の少年だ。この世界には爵位制度が存在しているが、当家はそんな爵位も無く平々凡々な平民だ。いや、それは少し言い過ぎか。
ここは広大なサーティナ平原に位置するサーティナ王国から馬車で七日程度掛かる、サーティナ王国領グランガリアの街だ。ブライト氷山に近い北の最果ての街。
僕の父さん、ジョセフ・ガルシアスはこの街で鍛冶屋を営んでいる。その鍛冶の腕は一級品で王都から離れているにも関わらず、王国御用達の鍛冶屋として鍛冶屋ガルシアスは名を馳せ多くの弟子も抱えている。
「母さん、おはよう。」
「あら、カインおはよう。」
「父さんと兄さんはもう工房に出かけたの?」
「えぇ、あなたも早く朝ご飯を済ませなさい。」
この人は母ジュリア・ガルシアス。僕と同じ栗色の髪をしており、息子の僕が言うのもなんだけどもうすぐ成人になる兄と僕を生んで育てているとは思えないくらい若く見える幼顔の母だ。兄が一緒に街を歩くと彼女と間違われたとか嬉しそうに言ってたし。それくらいに皆から若く見えるのは事実なのだろう。
そんなジョセフ父さんの次男として僕は育った。基本的に仕事一筋の頑固親父という絵にかいたような父さんだったが、仕事をしている時はとても輝いていた。だけど今の僕は別に鍛冶屋になりたいと思っていなかった。十五歳になる長男のゲイル兄さんは幼少期から鍛冶師としての修行をしており、十五歳はこの国では成人にあたるのでそろそろ本格的に工房に入ることになるだろう。父さんの下には何年も修行をしている一流と呼べる鍛冶師たちもいるから、切磋琢磨して励めばその腕はさらに伸びていずれ鍛冶屋ガルシアスを継ぐことになるだろう。
そこに全くの不満もない。少しは鍛冶の勉強や剣を打ってみたりはしたけど、僕はあまりしっくりこなかった。多分ゲイル兄さんと比べたら鍛冶師としての才能が無いのだろう。ふてくされるつもりもないし別にそれで良かった。工房に引き籠って仕事をするっていうのは何だか性に合わない気がする。
朝ご飯を食べ終えて、父さんと兄さんに挨拶するために工房へと赴く。赴くと言っても家の隣にあるから顔を出すようなものだ。
「父さん、兄さんおはよう。」
「おう。」
「カイルおはよう。」
ぶっきらぼうに挨拶を返す逞しい体つきをしたのが父さん。鍛冶をしていると言わなければ、冒険者とか戦闘を生業としていると言っても誰も疑いはしないだろうな。
そして、優しい笑みで返事を返してくれたのがゲイル兄さん。最近、本格的に鍛冶見習いを始めたためか少しずつ逞しくなってきた。
そんな僕が興味を持っていること、それは…。
「ちわっす!ジョセフさん、また部屋貸してくださいっす!」
一人の上半身ほぼ裸で筋骨隆々、アシンメトリーの金髪の男性が鍛冶屋に飛び込んできた。この人はライダー・マッソー。冒険者だ。
「おう、今日は依頼ねぇのか?いつも通り空いているから好きに使え。」
「ありがとうございます!」
父さんの言葉に嬉しそうに返事をするライダーさん。この人と話す時の父さんも嬉しそうな顔をする。
「ライダーさん、またご一緒してもいいですか?」
「お、カインおはよう!勿論だぜ!」
そう、僕が目指しているというかやってみたいこと、それは冒険者だ。鍛治の才能があるわけでもないしそこを継ぐのはゲイル兄さんだ。でも、代わりに特にこれといってやりたいこともなかった。そんな時ライダーさんと出会ったんだ。
王国御用達鍛冶屋のおかげなのか、この鍛冶屋は何故か鍛錬室というべきなのか、そのような部屋が設けられている。
まぁ、王都から少し離れているにも関わらず、しょっちゅう王国騎士たちが来て剣の手入れ等を依頼するから、偉い人が父さんに授けたようだ。爵位授与や王国への移転の話もあったようだけど、父さんはそういったものに全く興味がなかったから、せめて王国御用達としてあってほしいという願いからそのような流れになったらしい。
で、このライダーさんはこの部屋を使いに来たってわけだ。
この店は多くの冒険者も訪れる。父さんは基本、王国騎士が来ようと冒険者が来ようと一瞥するくらいで相手をすることはない。どちらかと言うと普通、無愛想だし基本的な接客は弟子やゲイル兄さんがやっていた。
ただ、王国騎士の隊長格の人たちや優れた冒険者が来ると急に出てきたりして対応したりする。それは媚びを売っているとかっていう感じではなくて、一流を見抜いているとでもいうのだろうか。とりあえず父さんが気になった人の装備は父さんが仕上げる。
これは父さんがいつも言っている口癖通りのことなんだろうと思う。
「本気で命を懸けられる奴の武器を打ちてぇんだ、俺は。」
命を賭して危険を顧みずに挑んだ者だからこそ隊長に認められる訳だし、そういう人間だからこそ命を預ける自分の装備を最高のものにしておく必要があると父さんは言っていた。そのせいなのか、父さんに装備を手掛けてもらいたい人間は沢山いた。でも、父さんは自分の目に叶った人にしか相手にしなかった。
話は逸れてしまったが、ライダーさんも父さんの目に叶ったその一人だ。
僕も覚えているが、ライダーさんがここに来たのは五年程前、僕が五歳になったくらいの時だと思う。もう父の元には王国騎士が多数武器の手入れを依頼しに来ており、鍛錬場も造られていた。
忙しなくハンマーが振り下ろされ、金属が打たれる甲高い音が響き渡っている工房にライダーさんはやって来たんだ。
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「ちはっす!ここに鍛錬場があるって聞いたんですけど!」
ライダーは大きな声で鍛冶屋の扉を開いた。鍛冶師たちは一瞥したが、特に構う様子も無く自身の仕事に目を戻す。
「ここは鍛冶屋なんですが…。本日はどのような御用件で…?」
一番近くにいた鍛冶師がライダーに近寄り対応をした。
「はいっす!俺は冒険者なり立てのライダー・マッソーと言います!冒険者なり立てだと魔物討伐しても体なまっちまいそうなんで、それならトレーニングできる場所をと思っていたら、ここに鍛錬場があるって聞いたんっす!」
「いや、ここは鍛冶屋なんですが…。」
ライダーの力強い言葉に、当たり前のことをその鍛冶師は伝えた。そう、ここは武器や防具の手入れや新調するのに訪れるべき場所であって、鍛錬を目的として来るような場所ではない。対応している鍛冶師も苦笑いを浮かべていた。
「おう、兄ちゃん。確かに鍛錬場を王から授かった。だが、それはここに依頼しに来る兵士たちの物であって、はいどうぞとは貸せねぇぞ。」
「お、親方…!」
鍛冶師はジョセフが前に来たことに驚いていた。冒険者なり立ての人間などジョセフの目に普通ならば止まることも無い。適当に追い返して終わるはずであった。
「貴方が親方さんっすか!?トレーニングしたいんで、場所を貸してほしいっす!」
ジョセフを見て頭を下げるライダー。顎に手を当ててライダーをまるで見定めるかのようにジョセフは見た。
「ほう、お前その体、なかなかのもんだな。」
ライダーの体つきを見てジョセフは感嘆した。大きく肥大しすぎた訳でもないが、無駄のない締まった体。厚い胸板、引き締まった腹回り、間違いなく鍛錬を欠かさず行ってきた者の体だったからだ。
「おっ!親方さん!わかってくれるっすか!?最近は個別にトレーニングできていないから少し仕上がり悪いですけど、それでも大胸筋と上腕二頭筋、三頭筋はそれなりに仕上げているつもりっすよ!」
そう言ってボディービルで言うフロントダブルバイセップスポーズを取るライダー。このポーズは主に肩にある三角筋、上腕の上腕二頭筋をアピールするポーズである。ジョセフはほう、と隆起する筋肉に目をやった。その筋肉の美しさに手を止めていた鍛冶師たちから感嘆の声が上がった。
「お前、なかなか面白い奴じゃねぇか。」
「そうっすか?親方さんのような筋肉の素晴らしさをわかってくれる人に会えて嬉しいっす!」
そう言って、様々なポージングを披露している。ライダーの筋肉の無駄の無さに見惚れてしまっている自分にジョセフは気付いた。
武器は扱う者によってそれぞれ異なった結果を生み出すことができる。どれだけ武器が良くてもそれを振るう者が研鑽していなければ、その武器はどこまでも粗悪品に成り下がる。逆を言えばどんな武器でも研鑽を積んだ者が振るえば、期待される以上の効果を生み出すことができる。ジョセフの信条であった。
「ハハハハハ!いいだろう!並の奴にそんな体作ることなんてできねぇからな!鍛錬場、誰もいない時なら好きに使っていいぞ!」
「えっ!本当っすか!」
「あぁ、その代わり一流の冒険者にでもなって面白れぇ話でも聞かせてくれや!」
「…はいっす!やったぜ!」
ジョセフがこんな簡単に人を認めるなんてことは無かったため、鍛冶師たちは驚いた顔をしていたが、筋肉の体つきを見て納得しない者はいなかった。寧ろどこまで鍛錬を行えばその体を手に入れることができるのか聞きたかったくらい、その場にいる武器を振るう者を見てきた鍛冶師たちにとっても見惚れてしまう程に素晴らしかった。
何はともあれ、この日からライダーは鍛錬場に来るようになったのだ。
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