安全って本当ですか
明け方近く。
春山さんの『ドラッグストア』で手に入れた耳栓で、短時間でもなんとか眠ることのできたわたしはキッチンへと降りていった。
そこでは先に椚さんと来見田さんが座ってコーヒーができるのを待っていた。
コーヒーのいい香りがキッチンいっぱいに漂っている。
「おはようございます」
と声をかけたわたしに、2人は笑顔で挨拶を返してくれた。
「もうすぐコーヒーが入りますけれど、いかがですか?」
「できればお願いします」
「お砂糖とミルクは?」
「ブラックで」
答えたわたしを、椚さんは心配そうにのぞき込む。
「まだ寝てて平気ですよ? よく眠れなかったんじゃありませんか?」
「ああ、大丈夫です。眠れなかったのもありますけど、もともと低血圧で、朝は苦手なんです」
「春山さんも低血圧だって言ってましたけど、小野田さんもなんですね。みんな揃ったら呼びに行きますから、少し横になってても平気ですよ?」
「ありがとうございます、でも眠れる気がしないので」
昨夜は不安で何度も目を覚まし、正直あまりよく眠れていない。
どんなに安全だと言われても恐ろしいのだ。もしもぐっすり寝てる間に建物の壁が壊されたら? あるいは何かの拍子に家をわたしが消してしまったら?
外ではゾンビ達が騒いでいた。
壁を殴るものまでいた。
この家が絶対に安全だと心から信じられるようになるまでは、ぐっすり眠れはしないだろう。
「羽田さんが昨日のうちにパンを用意しておいてくれたんです。冷蔵庫に卵とソーセージ、あとレタスとミニトマトもあったので、それで朝食にしようと話してたんですが、小野田さん食欲のほうはいかがですか」
来見田さんがパンを取り出しながら聞いてきた。
「大丈夫です。食べないと持ちませんよね」
パンを取ってバターを塗っていると、2階から崎田さんが降りてきた。
「いい匂いですね」
「崎田さんもコーヒーで平気ですか?」
「お願いします」
「羽田さんはお仕事が遅番だったそうで、朝は遅くなるかもしれないそうです。パン、何枚くらい食べます?」
崎田さんはちらりとキッチンテーブルの上の卵とソーセージを見て、それから笑って言った。
「じゃあ3枚で」
「準備できたら持っていくので、コーヒー飲みながらダイニングで待っててください」
「はい、すみません」
崎田さんがいなくなると、椚さんが首を傾げてわたしと来見田さんのほうを見た。
「あの年代の男の人ってどのくらい食べるのかしら」
「どうでしょう」
「とりあえず男の人は1人3枚、わたし達は2枚くらいで用意して、おかわりは自分で、という事でいかがでしょう」
「そうですね。でも……」
わたしはテーブルの上の朝食の材料を見てつい笑ってしまう。
「8人分のご飯を用意するなんて初めてです」
「わたしもです」
「わたしも」
わたし達はくすくす笑いながら腕まくりをしたのだった。
春山さんが起きてきたのは7時頃だった。
朝食の準備が済んでいるのを見て平謝りしていたが、眠れなくて明け方から動き出していただけなのでこちらが申し訳ないほどだった。
灰谷さんと羽田さんは8時を過ぎてもまだ起きて来ず、余った2人分の朝食は冷蔵庫に入っている。
結局全員揃ったのは10時近くになってからだが、わたし達はその間、崎田さんから本を出してもらったり、自分の能力を確認したりしてのんびり過ごした。
こんなにゆっくりしたのはいつ以来だろう。
時間に追いかけられていないというのはこんなに心が穏やかになるものなのだと思った。
時々響くゾンビの声がなければ最高なのに。