これからどうしますか
わたし達は他の全てを後回しにして、とにかく『スーパー銭湯』を試してみる事にした。
来見田さんが室内の壁に向かい、空中で何やら操作するような動きをすると、壁が光ってそこには自動ドアが現れた。ドアの向こうには受付があり、女性が2人いるのが見える。
「1日1回、1時間しか使えないので注意してください」
毎日お風呂に入れるのだから充分だ。
わたし達は今日はとりあえずエステを試してみる事にした。
美容院は明日だが、当面は簡単なカットをお願いするくらいになるだろう。
灰谷さんが言っていたように、レベルが上がればいろいろできる事が増えていくのだろうか。
1時間後、全員リビングに揃って先ほどと同じ席順でソファに座っていた。
羽田さんがビールとおつまみをテーブルに並べてくれる。
わたしは外から聞こえるゾンビの声をごまかすため、音楽をかけた。
それぞれ好みが違うだろうから、無難なCDを選んだ。カフェに似合う洋楽を集めたアルバムだ。
おつまみは枝豆に冷奴、ほうれん草のお浸しの小鉢に焼きナス。
肉がないが、誰も何も言わなかった。
これで充分なのか、遠慮しているのかは分からない。
でもわたしとしては食事の時間というほどお腹が空いているわけでもないので充分だった。
お風呂上がり。どこかで聴いた覚えのある曲が流れて、食べ物が目の前に並べられる。
それだけで、みんなの表情が少しだけ緩んだ気がした。
きっと、無理に気持ちを上げようとか、他の人を気遣ったり探ったり、無意識にやっている事が自分で感じている以上に負担だったのだ。
「羽田さんがビールを出してくれましたし、小野田さんのおかげでここは少しくらい騒いでも安全ですから、せっかくなので乾杯しませんか?」
「いいですね、では」
「乾杯」
「「「乾杯」」」
何に乾杯なのかは分からない。
けれどさっさと飲み始めるのはやはり気が引けたので、きっかけがあるのはいい事だと思う。
多分他の人も同じように考えたのだろう、とりたてて大声を上げるわけではないし、無言で缶を持ち上げるだけだったりもするけれど、全員が軽く缶のフチを合わせた。
本当に、こういう時に反発して騒ぐ人がいなかったり、みんな自分を抑えてこれからの事を優先していたりと、社会人らしいというか……随分と枯れていると思うのはわたしだけなのだろうか。
ビールをひと口飲むと、炭酸の強い刺激が心地よく自分を癒やしてくれるような、そんな気がした。
「それでは、まずこれからの事なのですが」
早川さんがビールの缶をテーブルに置いて話し始める。
テーブルに置いたときの缶の音からすると、おそらく中身は空のはずだ。
ペースが早いのは自分を奮い立たせているのかもしれない。
羽田さんがすかさず次の缶を目の前に置くと、早川さんは羽田さんのほうへ小さく頭を下げてお礼を言ったあと続けた。
「ありがとうございます。皆さん、全員この世界のサポートをするおつもりだと思うのですが、いかがでしょう」
「そうですね、僕はそのつもりです」
「わたしもです」
「私も覚悟はしているつもりです」
全員から肯定の声が上がったところで、早川さんは大きくうなずいた。
そして女神様と繋がっているというメモをテーブルの上に置く。
「では、まずこのメンバーの代表者を決めませんか? ここまでなんとなくで私がまとめ役のような事をしてきましたが、その事について話し合っておきたいと思うのですが」
「わたしは早川さんにお願いしたいです」
「わたしもです」
「私がやっても構いませんが、このまま早川さんにお願いするのが1番いいと思います」
「僕もそう思います」
次々に早川さんを推す日本人達。
早川さんはあまり嬉しそうではなかった。
それはそうだろう。ここに集められた面々は、おそらく女神がその性格から職業、経歴まで勘案した上で選抜してきている。
人を押し退けて自分が自分が、と我を張るタイプの人間を選んではいまい。
わたしなら協調性を大事にする人間を選ぶ。きっと女神様も同じだったに違いない。
そして何より。
『キエアァァァァァーーーー!!』
訳の分からない叫び声が音楽の合間に響いてくる。
早川さんはテーブルの上に出したメモに悲痛な表情で手を伸ばす。
この状況下で年長者を押し退けてまでリーダーなんて、誰も絶対にやりたくないに決まっているのだ。