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お誘いがありました

 試射は短い時間で終わった。


 引き渡す銃は全て試す事になっていたが、ノトイさんが数はいらないと言ったためだ。


 銃の数が多いとよろしくない事を考える輩も出てくるため、最初は信頼できる人員のみに預けたいと。

 携帯は業務中のみとして、それ以外は館長室の奥の保管庫に厳重に閉まっておくらしい。



 日本みたいだな、と思ったが、休日まで襲われるような危険には晒したくないという考えのようだ。



 どんなに話し合い、協力を求めても、大勢の人間が集まればその中には自分個人の快楽しか考えない者、思考が短絡に過ぎて安易に犯罪に流される者が出てくる。


 それを上手く押さえつけて管理するのが責任者というものだが、常識では考えられない逸脱を見せる者の行動まではなかなかコントロールできないのが現実だった。



『それを計算に入れたうえで、トラブルを未然に防ぐ』

 言葉にするのは簡単だが実行するのは骨だ。



 ノトイさん達は、毎日それをやっている。

 平和な日常というものは、こうやってたくさんの誰かが日々小さな気配りを重ねてようやく、それが届くべき人たちに届くものなのかもしれない。





 




 ハンドガンを10挺、スナイパーライフルを5挺、ショットガンを5挺、マシンガンを5挺、対物ライフルと対戦車砲は一挺ずつ。そしてノトイさんには小型のハンドガン。


 全ての試射を終えると無線でこれから戻る事を伝え、船を追加で呼んでもらい川へと戻る。

 着く頃には3艘の船が岸で待っていた。



 船に銃を含む武器・防具類、野菜と果物、薬、石鹸、機械部品などを積み込んでいく。



 野菜と果物は当初の予定よりも多めに渡す事になった。

 水上の浮畑は川が荒れると、博物館の地下の係船場にしまわれるそうだ。

 川から直接博物館に荷物を搬入するための場所で、どうしてもスペースに限りがある。

 そのため浮畑はあまり数を増やせない。


 それを聞いた羽田さんが、『多めに渡したい』と言ってきた。


 彼は子供の頃、母子家庭で苦労したため『ひもじい』という悲しさが許せないのだそうだ。





 ノトイさんが、積込みをのんびり見ているわたし達を見て島に残らないかと言ってくれた。


 ノトイさんからするとナツさん以外のわたし達女性陣は、外の世界を移動するにはあまりに頼りなく見えるようだ。


 実際、レベル1の武道経験どころかスポーツ経験さえないメンバーなので、頼りない事この上ない。

 だが、どんなに好待遇を示されても答えはNOだ。


「いえいえお気になさらず。私達はみな家族のようなものなので、一緒にいる方が何かといいのですよ」


 早川さんがやんわりとお断りする隣で、全員が『その通り』と首肯する。


「まああまり無理も言えませんな」


 まだ心配そうなノトイさんに胸が痛む。

 ごめんなさい、本当にごめんなさい。

 わたし達みなさんよりすごく恵まれた生活をしているのです。






 川へ戻る途中、わたし達はノトイさん達に全てを話さなかった。


 女神様に人類が滅びないよう手伝って欲しいと言われて、そのためにまず兵器会社が開発した塗料を探している。

 車や武器などもそのために貰ったものだと、それだけを伝えた。


 そして、いずれはこの近くに居住地を作り、移住者を募りたいと。



 ノトイさんは快く了解してくれた。



 議会にも通さないといけないが、中洲の島ではいずれ現在の人口を支えられない事は明らかだ。

 川の恵みや出稼ぎでなんとかやってはいけているが、それもそのうち限界がくるだろうと。


 街の現状に不満を持っている者は多く、特に若者達は外でゾンビを倒して力をつけ、議会を暴力で変えようと画策する者までいるのだそうだ。


「そういう連中は理由をつけて街の外へ出すんですが、結局どこでも上手くやれなくて戻ってくる始末でして」


 大きくため息をつくノトイさん。


「有能である必要もなし、ただルールさえ守ってくれればいいだけなんですがな」


 街の中には弱い立場の者や、体がそもそも丈夫でない者もいる。

 心が繊細で、このゾンビのいる世界に耐えられない者も。



 若いうちは、それがなかなか分からない。



 若さに任せてまだまだやれると無理をして壊れる者、外でゾンビを倒して強くなって調子に乗る者。


 頑張れるから大丈夫、なのではない。

 頑張らなくてもいいから大丈夫、なのだ。


 常に頑張らなければいけない状態は普通ではない。

 誰もが必死で頑張らなくとも上手く回っていく。それが社会の理想の姿だ。

 いつも誰かが頑張らなければどうにもならない社会というのは、何かを間違えた、失敗した社会の姿なのだ。


 ノトイさんは博物館で多くの避難者を引き受ける中、そう思ったという。


 出産を控えた妊婦。

 持病のある老婦人。

 引退して体の弱ったエンジニア。

 親とはぐれた子供。


 まだ博物館の警備ロボットが万全の状態で動いていた頃だ。


 切り捨てられない人達を抱え、切り捨てろと責められ続ける毎日。だが。


 この世界はすでに失敗している。これ以上の過ちを重ねるべきではない。

 ここを強者のためだけの場所にはしない。



「それが若い者には分からないのですなあ」



 ノトイさんはバスの中で話を聞いたさい首を振った。


「もっとできる、まだできる、自分ならやれる、俺にやらせろ、そこをどけ、と……」


「若いうちは仕方のない事ですねえ」


「私も覚えがないではないんですがね」


「ええ」


「自分1人ならいい。ですがパルムには大勢の女・子供・年寄がいる。若造には任せられんというのに」


 試射の済んだ銃を持ち上げ、ノトイさんは小さく言った。


「馬鹿をしでかさんといいが……」


 その困ったような表情が、とても印象的だった。


















 

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