ジャンク船と言うのだそうです
川幅は最大で5キロ、流れも早く、深さもある。
その川の真ん中にパルムはあった。
周囲360度をぐるりと堤防に囲まれた、いわゆる輪中地帯。
堤防の中は建物でぎっしりと埋め尽くされ、道の幅はとても狭く、人1人がすれ違うのもやっとだ。
それを解決するため、建物の2階部分や3階部分にも通路がある。
建物は個人の持ち物ではなく、全てパルムという街の所有物であるからこそできる事だった。
もともとこの中洲は個人の土地ではなく、その前身は今は滅びた市の管理下にあった。
中央に博物館があり、住民はなく、島全体が展示物のために整備されていたがゾンビパニックで人々が避難してきた際に取り払われている。
館長は避難民を限界まで受け入れ、博物館の庭、そして島全体にも広げて人々が住む家を建てる指揮を取った。
この島も土地も建物も、ここで生み出される全てが個人の所有にはなく、パルムという共同体全体のものであると定めたのもその館長だ。
全体が文化都市の博物館である、中洲の島でしかなかったパルムは今、多くの人口を抱える人類の希望の土地となっていた。
パルムのある川の両岸にはゾンビが集まってくる。
それは人の生活音や匂いがゾンビを呼ぶため仕方のない事なのだという。
5キロという川幅も、夜間のゾンビ達の鋭くなった感覚から人々を守ってはくれない。
そのため人々は船を使い、遠く離れた安全な岸で陸へ上がる。
バルトさんはそう教えてくれて、船着場になっている林の場所も教えてくれた。
その場所は遠目にはただの林にしか見えず、バルトさん達がいなければわたし達は素通りしてしまっていただろう。
そしてゾンビがうろつく岸を目にして、島へ向かう事もできずにオロオロしていたに違いない。
土地の事情に詳しい人が助けてくれるというありがたさを、わたしは改めて噛み締めた。
林の中は背の高い草が生えているが、よく見ればその草で隠すように道があった。
草を避けながら進むと、道路のときと同じような高い生垣がゆく手をさえぎる。
そこにはやはり扉が隠されていた。
それを見て、わたし達はようやく安堵の息をつく。
盗賊達を彼らのものだった鉄の檻に入れ、軽トラの荷台に乗せてここまで来たが、林に入るにはどうしても彼ら自身に歩いてもらうしかなかった。
目隠しをし、手足も胴体ごと縛ってはいるものの油断はできない。その大変さといったら。
本当に盗賊達には腹立たしさしか感じない。
あの後、最初についた拠点の傭兵達には預かる事を断られた。
2つの拠点が壊滅した事で仕事が増えるため、そんなものまで引き受けられないと言うのだ。
それは確かにその通りだったので、わたし達は仕方なく諦めた。
かわりに、これから向かうパルムの議会に直接引き渡せばなんらかの報酬が出るらしい。
次からは生かしておくのはやめよう。
それがわたし達の共通した意見だ。
彼らは報いを受けるべき。
でもそのために面倒が起きるなら、リスクはないほうがいい。
わたし達はバルトさんとレークスさんに守られる形で船着場へと入った。
船着場にはこんなに人がいたとは思えないほどの人数がいて、みな驚くほど静かに動いている。
川には木造の大きな船が寄せられていて、そこから馬車がゆっくりと降りてくるところだった。
「ジャンク船だ」
小声で囁くように羽田さんが言う。
その隣で灰谷さんも顔を輝かせていた。
「パルムに渡りたい」
バルトさんが守衛のような人物に話しかけている。
「用はなんだ」
「商人の護衛をしている。彼らだ」
「担当者を連れてくる。商品を用意して待っていろ」
守衛の1人がその場を離れていく。
わたし達はレークスさんに言われて近くのテーブルの上に商品を並べた。
工場から持ってきた薬。
やはり工場からの何に使うのか不明な機械部品。
羽田さんの出した野菜。
しおりさんの出した石鹸。
崎田さんの出したこの世界の昔の本。
特に本については、必ず出した方がいいと言われた。
元の母体が博物館なだけあって、街の責任者たちは今でも文化保護の意識が高い。
いつかゾンビの問題を解決したとき、再び世界が芸術を楽しむ日が来る。
その時のため、保存と収集を怠らない。
そんな人物のみを街の重要な決定をする組織に置く。
それがパルムの博物館館長の決めた絶対不可侵の掟なのだそうだ。
それが理解できない者は去れ、それにより街が滅ぶなら人類は世界に必要がない。
そう言い切ったという館長は今も現役で、人がいいように見えて実はどこか狂っているとの噂。
「あたしは嫌いじゃないなあ」
「同感」
「むしろ全力で応援したくなります」
とは、しおりさんと灰谷さん、くるみちゃんの感想だ。
羽田さんも嬉しそうに何度も頷いていた。
並べられた商品を確認した担当者は、木札に何か書き付けて早川さんに渡す。
どうやら許可が降りたようだ。
その木札を見てレークスさんが目を細めてひとつ首肯した。
うまく行っているという事なのだろうか。
船から全ての馬車と人が降りると、次はわたし達の番だ。
ゆっくり、静かに人々は船上へと向かう。
あまりに静かなので幻のようだ。
人と馬車と積荷を乗せて、船は川を進み出した。
川風が心地良くて、少し気分が晴れる。
舳先の近くに立つと、進行方向に島が見えた。
山のような形の、大きな川の中の島。
いよいよ人の住む街に着く。
わたしは胸が期待に膨らむのを感じていた。




