これからよろしくお願いします(by男性陣)
早川さんのメモは、女神様から伝えたい事があったときにその内容が記録されるようになったらしい。
こちらからの質問に対しては、『答えられるものについてのみお答えします』と言われたとの事だ。
先ほどのゾンビの進化についても、突然メモに文字が現れて『知りたくなかった』とショックを受けたとか。
やはり、苦労性の中間管理職の気配がする。
わたし達は、互いに名前を教え合った。
その上でひとまず休憩をはさみ、その後に自己紹介をする事にする。
早川さんのメモに『キッチンに飲み物とお菓子を用意しました。ゆっくり話し合ってください』と文字が書かれたためだ。
ひどい状況だけど、女神様なりにわたし達に気を配ってくださっているのかもしれない。
リビングを出るとキッチンがあって、蛇口をひねればちゃんとお湯と水が出た。
冷蔵庫の中は空だったが、キッチンのテーブルには紅茶とコーヒー、クッキーとケーキが置かれていて、飲み物からはまだ湯気が上がっている。
女性陣でそれらをリビングへと運び、少し笑顔が出るようになったところで、みんな誰からともなくソファに座って話し合う体勢になった。
「ではまず、私から失礼します」
やはり口火を切ったのは早川さんだ。
これまでの事もあるが、最年長と思しき早川さんが場をまとめる事でなんとなく治まっている。
日本人的年功序列。
問題がないわけではないが、今この場ではこれでいいようだ。
集められた中に、自己主張の強い人間や、弾けるような若さのある人間がいなかった事が幸いした。
多分、偶然ではないのだろう。
「早川総司といいます。以前は小さな土木建設会社で働いていました。女神様からもらった能力は、そのせいでしょうか、『土木建設工事』です。でもあまり大きな事はできず、道を作るとか、塀を作るとか、そのくらいなら一瞬でできるようです」
「塀! 塀が作れるんですか!」
「この家の周りに作ったりとかできますか!?」
「壊れないとかそういうのですか!?」
みんなすごい食いついた。もちろんわたしも。
塀で安全な環境が手に入る。
すごく重要な事である。
「残念ながら、それなりの強度はありますが、破壊不可というわけではないようです」
「そ、そうですか……」
「でも一瞬でできるなら、いろんな事がなんとかなりそうですよね」
「確かに」
「次は、どうしましょうか。時計回りに次の方でいいですか?」
「あ、はい」
指名されて、早川さんの隣の男性が1人ずつにゆっくりと視線を合わせていく。
「私は崎田要介といいます。36才です。実家で農業を手伝っていました。学生時代に図書館司書の資格を取ったからだと思うのですが、『貸本屋』という能力をもらいました。なんでも、というわけにはいかないようですが、注文すれば日本の本を取り寄せられるようです」
「それはマンガもですか!?」
「ずっと読んでた小説の続きが読みたいんですが可能ですか!?」
「その辺は可能だと思います。さっき確認してみたんですが、週刊誌とかも大丈夫でした」
両手の拳を握りしめる男性、喜びの声を上げる女性。
そこへ大人しそうな、黒髪ロングストレートの女性が手を上げた。多分、この中で1番若い。
「同人誌は可能ですか」
「同人誌、ですか?」
崎田さんは真面目な一般人男性らしく、同人誌についてあまり知らない様子だ。
「それは僕もとても気になります」
言ったのは髪色を少し明るい茶髪に染めた男性だ。
「待ってくださいね、ええと……ものによっては可能なようです。『人気商品につき品切れ』とか『通信販売不可』となっているものもありますね。あと結構な数18才未満への販売が禁止されているようですが、まあこれは問題ありませんね」
この場に18才未満は存在しない。
わたし達が苦笑する中、質問した2人は何かブツブツと呟いていた。
「じゃあ次は僕ですね」
柔らかく笑みを浮かべたのは少しぽっちゃりした男性。先ほどケーキを美味しそうに食べていた。
「灰谷勇悟といいます。35才です。職業はバスの運転手。乗り物を呼び出せるんですが、嬉しい事に壊れないんだそうです」
「おお!」
「ちなみにどんな乗り物ですか?」
「小型のマイクロバスですね。バスコンを希望したんですが、今はこれで、と言われてしまって。なのでもしかしたらこの能力にもスキルレベルみたいなものがあるんでは、と期待しています」
「おお〜、いいですね! スキルレベル」
「マイクロバスは分かるんですが、バスコンってなんですか?」
「大型のキャンピングカーの事です」
「キャンピングカー! 楽しそうですね!」
「建物がいつでもどこでも出せるならベッド部分は必要ないですけどね」
しばらくキャンピングカーの話題で盛り上がり、次、となったさいに早川さんがみんなに声をかける。
「男性はあと1人なので、先に男性側だけ自己紹介をしてしまっても構いませんか?」
もちろん、と女性陣がうなずくと、早川さんの右側に座っていた男性が「ありがとうございます」とお礼を言った。
さっき、同人誌に食いついた茶髪の男性だ。
「僕は羽田直人といいます。34才です。ファミレスの厨房で働いてました。食べ物を出せます。料理前のものから、料理したものまで。料理の本とか見れば、食べた事ないものでも出せると思います」
「それはすごい。これで食料問題は解決だな」
「貸本屋の能力で料理本を取り寄せればいいのか……これで僕も勝ち組……」
早川さんがホッとしたように顎を撫でる。そして灰谷さんの目がギラリと光った。
確かに、崎田さんと羽田さんのコンボは勝ち筋だ。
お取り寄せとかも可能なのか、後で必ず聞いておこう。
「では女性陣の皆さん、お待たせしました」
早川さんがにっこりと笑って灰谷さんの隣の女性に声をかける。
いい人というより、苦労性の匂いしかしない。なんだろう、すごく胸が痛い。