教会を建てます
半径20キロ以内には誰もいない。
よく考えればおかしい話だったのだ。
道路の拠点は10キロおき。
わたし達は道路から離れた場所で賊の死体を埋めていた。
けれど、それで近くに2つあるはずの拠点、どちらもが範囲に入らないほど遠くまで道を離れたわけではない。
たどり着いた最初の拠点、数本の大木の上にあるツリーハウスでは、傭兵たちの遺体がそのままになっていた。
「毒、だろうな」
レークスさんが遺体の状況を確認しながらぼそりと言って立ち上がる。
「おそらくは商人を先に襲い、手に入れた食糧に毒を仕込み、輸送して来たフリで食べさせたのだろう」
「でも遺体を放置するなんて……」
眉をひそめるニグルさんに、レークスさんが答えた。
「盗賊どもにとっては道の安全などどうでもいい事だ。ゾンビが集まってきても関係ない。冬になればまた商隊が多く行き来する。そうなれば商人達はまた道を作り直すだろうし、標的も増える。だが行き来の少ない夏の間は道は壊れている方がやりやすくて都合がいい。そういう事だろう」
ニグルさんは街の近くでの戦闘訓練や護衛で経験を重ねてきて、そろそろレークスさんと一緒にキャラバンの護衛を始める予定だったのだそうだ。
初めて見る安全地帯の外の、盗賊たちのむごいやり方に衝撃を隠せていない。
だがそれはわたし達もそうだった。
のどかさんは真っ青になって両手を握りしめている。
しおりさんはとても悲しそうで、崎田さんは不快そうに顔を歪めて遺体から視線を逸らした。
みんなそれぞれにショックを受けている。
「ちゃんと、葬ってあげましょう」
早川さんがそう言うと、バルトさんが申し訳なさそうに顔を上げた。
「すまない、その時間をもらえると……ありがたい」
バルトさんとレークスさんは以前は傭兵だった。
ゾンビ云々はもちろん、同じ傭兵たちの亡骸が、こうしてそのままになっているのを見るのは忍びないのだろう。
「いえいえ、急ぐものでもありませんからね。それより……10キロおきに拠点があるんでしたよね?」
「ああ」
「ではこちらが済んだら、一度戻ってみたほうがよさそうですね」
バルトさんもレークスさんも、早川さんのその言葉に答えなかった。
進行方向の先にある拠点には青い点が複数あった。
だが戻る方向には何もない。
おそらくは。
夏場でたくさんの虫が集まってきている。
しおりさんがツリーハウスの中の虫を殺虫剤で始末し、のどかさんが感染予防に、作業服タイプの防護服とガスマスクを出してくれた。
灰谷さんはいつでもすぐに逃げ出せるよう、木の下でマイクロバスの運転席に待機している。
イオナさんとナツさんも、銃の扱いに慣れておらず、自衛の手段がないためバスの中だ。
残りのわたし達11人で作業を始めた。
まず傭兵たちの身元が分かるものを探し、名前を遺体と一致させて、軽トラの荷台に乗せる。
恐怖と吐き気で涙が出そうだ。
彼らは何も悪くない。
でも、死んで何日もたった遺体に触れる機会など、これが初めてだ。
何度も経験したからといって慣れるものでもないだろうし慣れたくもないが、正直『なぜ自分がこんな事を』と思ってしまう。
防護服の中は暑い。
すごく蒸れる。
今吐いたら悲惨な事になる。
何も考えないようにしてわたし達はただ体を動かした。
……ああ、あの盗賊連中、もっと苦しめてから殺せばよかった。
マイクロバスは灰谷さんの、軽トラは崎田さんと早川さんの運転で道の外へ出る。
木の近くに直接外へ出る穴を生垣に空けた。
早川さんの土木建設の能力は、人工物でも自然物でも、取り込んで素材にしてしまう事ができる。
イオナさんとナツさんはマイクロバス。
崎田さんの軽トラの荷台には傭兵達の遺体が。
早川さんの軽トラの荷台には防護服姿のままわたし達が乗った。
早川さんの頭の中にはすでに設計図があるらしく、拠点の外側にお墓を作る計画らしい。
誰も何も話さない。
先ほどの盗賊達を埋めたときと比べると驚くほどの差だが、死んだばかりの死体とではどうしても違う。
夢に見そうだ。辛い。
軽トラが止まった。
拠点からは少し離れた位置だ。
早川さんがわたし達を中に、道路の生垣にくっつける形で高い塀を3重にして作る。
もちろんいつもの通り遮音壁も。
そして1番外側はぶ厚い生垣だ。
早川さんは道路から離れた場所を柵で囲い、小さな教会を建てた。
それは地球の教会とも少し違う、小さな、でも優しいラインの教会だ。
崎田さんが出した、この世界の昔の教会の写真集を参考にしたという。
鐘はないけれど、祈りのための祭壇があって、それは確かにわたし達の思う教会だった。
今度は灰谷さんも一緒に、また半泣きになりながら遺体を埋めて、そしてようやくわたし達は防護服を脱いだ。
早川さんが墓石に名前を刻み、全員で手を合わせる。
その後、ツリーハウスも新しいものに早川さんが取り替えてくれたが、夜は家を出してその中で休んだ。
くるみちゃんのスーパー銭湯でたっぷりお湯に浸かり、羽田さんが用意してくれたご飯を食べて、夜はお酒をたくさん飲んで寝た。
自室には戻らず、リビングで。
しおりさんとのどかさんとくるみちゃんと、4人でくっついて一緒に寝た。
嫌な夢を見たような気がする。
でも朝には何も覚えていなかった。




