挨拶は重要です
殺伐回。
苦手な方は飛ばしてください。
道をふさぐ世紀末な侵入禁止フェンスのかなり手前で車をとめると、その後ろから数人の男性がゆっくりと出てきた。
顔にはあまりよろしくない笑みを浮かべ、手には鉈やナイフ、剣を持っている。
「おい、出てこい! でないと引きずり出すぞ!」
その脅しは相手が馬車であれば効果的だったと思う。
でも灰谷さんのこの車ではそうはいかない。
「あーー、そうですねえ。引きずり出されるのは困りますねえ。何がお望みですか?」
早川さんがマイクで外に向かって話す。
「ふざけんな! いいからとっとと出てこい!」
その間に、わたし達は相手を鑑定した。
目の前にいる男達は全員、ステータスに犯罪行為の詳細が記載されている。
強盗、殺人、傷害、誘拐、放火、強姦、暴行致死、人身売買。
これだけの悪事を重ねて、レベルは2。
つまり、人を殺してはいるがゾンビはほぼ殺さず逃げ回っている。
他にもまだまだ隠れているようだが、どうせ似たようなものだろう。
「ギルティ」
「わたしもギルティ」
「ギルティ。むしろノットギルティな人いる?」
異世界組は全員首を振る。
「では全員一致でギルティで」
早川さんが穏やかに微笑む。
「あの障害物の後ろに隠れているのはあと3人ですね」
カーナビを確認しながら灰谷さんが言う。
「全部で8人か。それなりの人数だな」
崎田さんが眉を片側だけ上げて驚きを示す。
「俺たちが出よう」
バルトさんが立ち上がったが、早川さんがそれを制する。
そして作業服の上に迷彩柄の防弾・防刃ベストを着て、すぐ後ろの席のしおりさんから暴徒鎮圧用だというバイザー付きヘルメットを受け取った。
「レベル2程度なら平気ですよ」
そしてニコニコと車の外に出る。
「バルトさん達は中にいてくださいね。私達はゾンビとは戦えませんから、せめて降りかかる火の粉くらいは払えるようになっておきたいんです」
何もかもをバルトさん達に押し付けるのは間違っている。
それがわたし達の一致した意見だった。
羽田さんとくるみちゃんが屋根に移動する。
わたしとしおりさん、崎田さんも車の外へ出た。
もちろん全員、早川さんと同じ装備だ。
「よぉーし、こっち来て跪きな。運転手、お前もだ! 屋根のヤツもこっち来い!」
ヘラヘラ凄まれても全然怖くない。
わたし達はここ数日ゾンビと戦っていたのだ。
安全な場所からとはいえ、はるか上のレベルのモンスターから殺意を向けられるのは、はっきり言ってそれだけで死にそうになるほど恐ろしい。
たかがそれだけの事で、という人間は他人から攻撃的な感情を向けられた事がないに違いない。
普通の人間から向けられるだけでも恐ろしいそれを、話にならないほど格上の怪物からやられるのだ。
しかも食料として。
それと比べたら全然怖くなかった。
ゾンビも同じ、人の形をしている。
目の前のこれも、人の形をしているだけの怪物だ。
今は弱いからわたし達でも倒せるが、放置すれば被害は広がり、手に負えなくなるほど強くなる可能性がある。
『これは、生かしておいてはいけないもの』
『人間の未来に必要のないもの』
『人の遺伝子から排除すべきケダモノの因子』
ふふっ、とわたしは思わず笑みを浮かべた。
ゾンビと同じだ。
いや違う。意思があり、知恵があり、自ら望んで悪を為す彼らはゾンビよりもたちが悪い。
「この先へ行きたいんですが、通してはいただけませんか」
早川さんが丁寧に頼む。
「行けねえよ。お前らはここで全員ストップだ!」
言って、男は早川さんの胴にナイフを突き刺した。
防弾・防刃ベストに。
「あ?」
手ごたえがいつもと違う事に気がついたのか戸惑ったような声を出す。
早川さんはその頭に冷静に銃弾を撃ち込んだ。
サイレンサー付きなので音は大きくないが、明らかに撃たれたと分かる。
男の仲間が怒鳴り声を上げる前に、わたし達は次々と敵の頭を狙って銃を撃った。
マイクロバスの屋根では、羽田さんが万が一に備えて機関銃を構えている。
彼らはゾンビと違い怖くないので、わたし達の狙いもそうそうブレない。
しかも1、2発で死んでくれる。
楽でいい。
フェンスの後ろの3人は、こちらへ向かう者、逃げて行く者、小さくうずくまって隠れる者とバラバラだ。
1人だけ距離があった逃げて行く相手は、くるみちゃんがライフルで撃ち、動かなくなった。
「今ので最後です。外にもいませんし、あとはゾンビが集まってくるかどうかですかね」
カーナビで確認した灰谷さんが淡々と言った。
「じゃあ、念のためしばらくここにいて様子を見ましょうか」
「そうですね。この邪魔な障害物はどうします?」
崎田さんが早川さんに確認した。
ここは扉のちょうど中間地点だ。外に出すにしても手間がかかる。
「そうですねえ。バルトさんに相談してみましょうか」
ちょうど車から降りてきたバルトさんがそれに答えた。
「道の端によけよう。道の上に放置されているものは通行者が自由に使っていい事になっている。誰か必要な人間が持っていくだろう」
「了解!」
屋根から下りた羽田さんが笑顔で敬礼する。
わたし達は今、たった今、人を殺した。
でも笑っていられる。
それは彼らのステータスに犯罪件数や相手の事も書かれていたからだ。
中には、『快楽殺人犯』と書かれている者までいた。
犯罪者と仲良く暮らせる道理がない。
平和的解決はただ1つ。
わたし達にとって平和な未来へと繋がる事。
それ以外に道はない。
こんにちは、異世界。
わたし達は今日、本当の意味でこの世界に覚悟を示した。




