翼よ、あれが工場です(翼ないけど)
わたし達は早川さんの出した高架橋の上を、灰谷さんの大型マイクロバスで進む。
内装を変えてイオナさんが眠るベッドを入れ、座席を10人分確保したら、残りのスペースには武器類を詰め込んだ。
もちろん、屋根の上には重機関銃が2つ鎮座している。
灰谷さんの車は破壊不可なので、ちょっとした装甲車のようだ。
そんな車を運転しながら、灰谷さんはどこか悲しげだ。
崎田さんと羽田さん、しおりさんとくるみちゃんも同様に口数が少ない。
というのも、今朝、朝食の前にちょっとした新発見があったのだ。
それは、銃で与えるダメージもレベルに応じてアップするという事。
例えば地球では、男性が撃っても女性が撃っても、子供の力でさえ引き金が引ければ銃の攻撃力は変わらない。
当たりどころがものをいうだけだ。
だがここでは違った。
朝、早起きした面々は銃の練習をする事にして、早川さん作の塀の上に狙撃場所を作り、サイレンサー付きの銃で狙い撃った。
その中にはバルトさんとレークスさんも含まれていたという。
そして、気がついてしまったのだ。
同じ銃を使っているのにゾンビを倒すために使う弾の数が違う事に。
この世界では、銃すらも『本人の攻撃力 + 武器の攻撃力』で計算されていた。
つまり、わたし達は戦闘に於いてどこまでも足手まといであるという事だ。
何もそこまで、というほど灰谷さん達は目に見えて衝撃を受けていた。
バルトさんが『そのために自分たちがいるのだから』と懸命に話していたが、うつろな様子の5人には届かなかった。
だがレークスさんの『やめろ、バルト。戦闘能力を与えられていない、努力しても手に入らないという事実は、武器を手にするものには何より辛い事だ』という言葉には、彼の周りに集まって泣き出した。
その姿を見たわたしとのどかちゃんはドン引きだったが、早川さんは『皆さん本当に仲良くなったんですね』と微笑ましいものを見るような目で何度もうなずいていた。
正直、たまにみんなよく分からない。
ただ、ゾンビがもっと早く倒せたらいいのに、というのはある。
レベル1の現実は恐怖でしかない。
撃っても撃っても、当たっても当たっても、ゾンビは死なないのだ。
そんな状態でも灰谷さんはしっかり運転して、午後にはわたし達は工場が見える辺りまでやってきていた。
高架橋の上、双眼鏡で工場の様子を確認しながら早川さんはバルトさんに訊いた。
「あそこが他の誰かに占拠されているということはありませんか?」
「いや、それはない。20年くらい前、やはり女神から力をもらったという男が食品工場を手に入れて食糧問題を解決しようとしたことがあったが」
「失敗したんですが?」
「半ばまでは成功した。だが工場内の人間の数がゾンビより上回ったとき、全ての動力が落ち、爆発する仕掛けになっていたそうだ」
「爆発!?」
「ああ。その時はカウントダウンが終わる前に人間が全員、工場から逃げ出した。そうしたら電源が戻って何もなかったように動き出した。それ以来、工場を占拠する真似はしないという取り決めができた」
淡々と語るバルトさんに羽田さんが苦笑いする。
「なんか考えてる事分かるなー。敵勢力に奪われた場合は奪還するより破壊、みたいな」
「戦争兵器としてのゾンビ、製造拠点の確保。上手くいくはずだったんでしょうね」
「この世界にはアシモフとかいなかったのかなあ、ジェームズ・キャメロンとか」
「いたとして関係なかったんだろ、人間の『やってみたい』と『できるからやった』には」
「ですねー。現実になるとは思いませんよね、誰も」
男性陣が会話する中、わたしはそれを遮って今最も大事なことを告げる。
「とりあえずおやつにしましょう。3時はおやつの時間です、異論は認めません」
太らないなら食べる。絶対だ。
毎日の予定にアフタヌーンティーを入れる事。
それが昨日話し合った中で最高で最大の重要案件だった。
蔦の絡まる高架橋の柱は、普通にしていればゾンビに攻撃される事はない。
わたし達は道路にテーブルとイスを並べて白いパラソルを立て、気持ちのいい風が吹く中で午後のお茶をした。
サンドイッチにスコーンにプティフール。
足元から響くゾンビの唸り声さえなければ最高なのに。
「あの工場の周囲を塀と生垣で囲って、まずは外のゾンビを片付けましょう」
サンドイッチを食べながら早川さんが言う。
「そうですね、隣に家を設置して、今日は工場の周囲を片付けることから始めましょう」
「銃の訓練にもなりますし」
「中に入るのは明日ですね、じゃあこの後も頑張りましょう!」
灰谷さんはスコーンにジャムを塗って嬉しそうだ。
目をやれば、草原の中に建つ工場の周囲にはたくさんのゾンビ達がいて、まるで工場を守っているように見える。
関連企業だという事を思えば、あながち間違いでもないのだろう。
実際、工場のAIはゾンビを味方だと認識しているようだし。
おそらく30年前ならAIをどうにかできる技術者も、爆発を止めて電源を復旧させる技術者もいたのかもしれない。
全てが機械で管理されていたのなら、数は少なかったかもしれないが。
ゾンビに守られ、機械で管理される工場。
人間など不要と言わんばかりなのに、そこでは人間が必要とするものを作っている。
皮肉なのか罠なのか。
鹿の群れがゾンビの隣でのんびりと草を食んでいる。
青い空をゆっくりと白い雲が流れ、そこには不思議な平和が存在していた。




