出発します
羽田さんが用意してくれた朝ごはんを食べ、わたし達は10時前には車庫に集まっていた。
10分前行動。
全員非常によく躾けられている。
「じゃあ行きますよ〜」
「は〜〜い」
「お願いしまーす」
運転席に座った灰谷さんが車庫のシャッターをリモコンで上げる。
車庫の前には上り坂の道があり、ゾンビの気配はない。朝のうちに塀で建物を囲んだため、外へ出たら道路がいきなり襲われていた、という心配はないそうだ。
塀の中のゾンビは、弓や銃、ボウガンなどで倒せるか練習したらしい。
結果、弓では不可。たまに軽く刺さるくらい。
銃、音で周囲に気づかれる危険があるが、何発か……10〜15発くらい?撃てば倒せる。サイレンサーは必須。
ボウガン、何度も撃てば、当たりどころが良ければ倒せる。正直矢の無駄、との事。
ゾンビ強すぎ問題である。
この世界の人たちは、レベルアップで強くなっている事ともう1つ、ホムンクルス作成のさいに女神が加えた妨害のおかげでなんとか生存できているのは間違いない。
進化を止められなかった代わりに、女神は2つ、ホムンクルスに弱点を加える事に成功した。
それが初日に伝えられた『走れない』事と、そして『植生の限定』だった。
ホムンクルス……いやゾンビ達は半分植物のような状態だ。
それを利用して、『大地に足をつけてあまり動かない』という習性と、『生存・成長に適した環境以外では行動しなくなる』という習性を与えた。
これにより、ゾンビ達は走る事なく昼間はほとんど動かず、そして乾燥地帯、氷原地帯、山岳地帯、水中には足を踏み入れない。
踏み入れたとして、動けずに死んでいく。
おかげで、人類は昼間の間に安全な場所へ逃げ込み、生き延びる事ができている。
問題は、『走らない』ほうは絶対に枷を外す事はできないが、いずれ『植生』の枷は外れるだろうという事だ。
もともと植物は動かない。風で転がるものはあるが、自力での移動はほとんど行われない。
根を張って動くとしてもとてもゆっくりだ。
だが植物の分布は、様々な場所に分かれている。
いつかはその進化が起きるだろうというのが女神の考えだった。
どんな生き物であれ進化は止められない。
いつか来るその日に備えて、人もまた進化しなければならないのだ。
わたし達はそれを昨日、なぜ人が生きていられる場所があるのか疑問が出た際に女神から教えられた。
人類は滅ぼせない。
だが人類が作り上げた生命体にもまた、この地上で平等の権利があるのだという。
追い詰められている人類からすれば皮肉な事だが、神にとっては全てが同じ価値を持つ生き物なのだろう。
女神の考える人類の勝利は、完全なゾンビの駆逐でも、完璧な棲み分けでもどちらでもいい。
そんな印象のある答えだった。
坂道を登りきると、見晴らしのいい道路が続いている。
実際には、早川さんがタブレットで通り過ぎたあとの高架橋を消して先の道路に繋ぎ直しているのだが。
家のほうも、すでに消してしまってある。
周囲の塀はいずれゾンビ達が壊してしまうだろうからとそのままになっていた。
もし壊し残った部分があったとしたら、いつか誰かが見て、ここには何があったのかと想像するかもしれない。
ちょとした遺跡扱いだ、とわたしはちょっと楽しくなった。
村の近くに着いたら、また家を出して、そこから1度村の様子を観察するらしい。
どうやって村へ入るか、移動する方法も問題だ。
車だと音で周囲のゾンビが集まってくるかもしれない。
でも身を守るものなしで外へ出たくはない。
なにしろわたし達は、ここのゾンビには絶対に勝てない最弱レベルの異世界人なのだ。