本気で覚悟を決めてください
「この小さな村が1番近いみたいですね」
テーブルの上に地図を広げて崎田さんが言う。
「私達が今いる草原はスクアー地方の南側、そのちょうど真ん中あたりに家があるようですが、これだけ見晴らしがいいと普通の人家があった場合、無事では済まないでしょうね。草原を探索するより町に行くのがいいでしょうね」
「地図で見ると随分高い場所にあるようですが、そんなに多くの人が住めるんですかね」
「どうでしょう、村くらいの大きさですから」
「明日、そこへ向かってみるということで皆さんよろしいですか?」
早川さんの問いかけに全員がうなずく。
「そうですか……。それでは、明日までの必要な準備をして、朝10時に出発することにしましょう。万が一にも辿りつけなかった時は、小野田さんに家を出してもらってそこで一晩過ごす事にします。それから……」
早川さんが淡々と続けた。
「皆さん、ある程度の覚悟はできていると思います。ですがここでもう1度、確認をしておきたいと思います」
わたし同様、なんだろうという表情をしているのどかさん。
他の人は厳しい表情をしている人もいれば、俯いている人もいる。
「おそらくここにいる全員が、日本ではごく普通の一般人で、犯罪などとは関わりもなく平凡に生きてきたものと思います。ですがこれからは、日本とは違う世界で、法律も違反者を取り締まる組織も存在しない環境に身を置く可能性が高いです」
全員が黙り込み、早川さんの次の言葉を待った。
「皆さんは、人間、人の形をしているあの生物兵器も含めて、生きるために他の生き物の命を奪うことはできますか」
できる、とすぐに言葉にするのはためらわれた。
わたし達は生き延びる事を女神から求められている。
そのためにしなければならない覚悟の一つがそれで、『いつかそんな時がくる』と口にはしないが考えていた。
けれど、実際にその場面に遭遇したとき、本当に躊躇せずに自分の命を守る事ができるか、それは分からなかった。
「覚悟はしています」
「僕もです」
「わたしもです」
声を上げたが、早川さんが小さく首を振る。
「厳しいと思うんです。私達にとって命を殺す事は。でも、ここで覚悟を決めてほしいんです。考えてもみてください。この世界の人類をサポートするだけなら、こんなに人数も能力も必要ありません。それでもこれだけの人間がいる」
確かに、人類の滅亡を防ぐだけなら、灰谷さんの『車』で移動して、羽田さんが『食事』を用意して、のどかさんのお店で『武器と防具』を販売して回ればいい。
それで町や村を巡回すれば、サポートとしては十分だ。
これでしおりさんが『薬』を出せば大抵の問題は解決する。
わたしの『家』も早川さんの『道路』も崎田さんの『本』もくるみちゃんの『お風呂』もあれば助かるが必要というほどではないのだ。
「1人に能力が集中するのではなく、8人に分けているんです。誰1人欠ける事なく、生き延びなければいけないんです。私達は、安全な家で、健康な食事をして、心地よい服を着て、清潔に、リラックスして、楽しみながらでなければ潰れてしまう。だからこれだけの人数が集められたんです」
早川さんがわたし達1人1人を見つめて言う。
「覚悟を決めてください。ゾンビにも、人にも殺されない、生き残るために殺す覚悟を。ここは平和で安全な日本ではありません。引き鉄を引く覚悟をしてください」
早川さんの言葉に、わたし達はうなずいた。
わたし自身のため、そして他のみんなのためにわたし達は全員が生きていかなければならない。
ためらっていては、自分や他の誰かを殺すことに繋がる。
ここは日本ではないのだと、誰にも死んでほしくないのだと、早川さんは真剣にわたし達に伝えようとしていた。
男性陣は特に変わった様子はなかった。
とっくに覚悟は決まっていたのかもしれない。
女性陣はといえば、のどかさんが少し顔色が悪かったくらいで、しおりさんとくるみちゃんはいつもと変わらなかった。
わたしは、自分が他の人からどう見えているのだろうと少しだけ気になった。