表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/29

筆頭魔術師様が海の底まで追いかけてきました。 4



 * * *



 次の日、私の前に姿を現したクラウス様は、いつもよりも格式が高い印象の服を着ていた。

 マントが、魔法と海水の合間で、フワリと揺らぐのは、どこか幻想的だ。


 黒い軍服に、真紅の瞳とお揃いの赤いマント。

 剣の代わりに、腰に挿されているのは、銀色の石が嵌め込まれた、短めの杖だ。


 ……いつも口の端を歪めて微笑んでいるような、少し軽薄にも見える表情は、今日は見受けられない。


 その姿と表情から、私は察してしまう。クラウス様は、地上に帰るのだと。


「……クラウス様、お元気で」

「……レイラ?」

「また来ても、いいですよ」

「少し用事を済ませてくるだけだ。残念ながら、呼び出しがかかってしまったからな」


 その呼び出しが、緊急のものだということは、私にだってわかる。


 だって、一昨日クラウス様は「そろそろ、お仕事に戻らなくていいんですか?」と睨んだ私に、「筆頭魔術師ともなると、有事の際以外は暇なんだ」って、苦笑しながら言っていたもの。


「っ……クラウス様! 危険なのですか?」


 ドレスの裾をギュッと掴んで、質問する。なぜかわからないのに、泣きそう。

 涙なんて見せたくないから、下を向いている私には、その時のクラウス様がどんな顔をしていたのか見えなかった。


 クラウス様は、返事の代わりとでもいうように、私の頭にキスをした。


「三日で、片づけてくるから。そうだな、次来る時は、土産を買ってこよう。宝石でもドレスでも」

「……お肉。お肉食べたいです」


 その沈黙は、たぶん忘れられない。

 ロマンチックなおねだりじゃなくてごめんなさい。でも、地上のお土産……。とっさに、お肉が浮かんでしまったのだもの。


「ふはっ。可愛いな、レイラは。……そうだな。ドラゴンの肉なんてどうだ?」

「定番……。いいえっ、食べられるのですか?」

「絶品だ」


 ふんわりと、優しく抱きしめられる。


「……レイラ。次は、レイラの気持ちを聞かせてくれるか?」


 その少し掠れたような、低い声が、好みすぎてクラクラする。そう、クラウス様は、見た目が良いのはもちろん、声がとても素敵なのだ。


 人魚は歌を愛している。つまり、声フェチが多いのだ。


「……クラウス様」

「おとぎ話の結末から、俺が守るから」


 その言葉をもらった瞬間、いつも不安だった心の中のモヤモヤが綺麗になくなってしまう。


 代わりに、生まれ出ずるのは、新しい暗雲。


 私ではなくて、クラウス様が、泡になってしまうのではないかという、得体の知れない不安。


 クラウス様が、片耳につけていたピアスが鈍く赤く点滅する。


「……時間切れか」

「クラウス様?」

「また、あとで」


 次の瞬間、私の目の前から、クラウス様は消えてしまった。それは、たぶん空間魔術の一種なのだろう。


 ……この時の私は、クラウス様が、ある意味本当に命をかけて会いに来てくれていたなんて、知らなかった。

 だって、当たり前のように過ごして、笑っていたから。


 海の底で、普通の人間は過ごすなんて、できないってこと、前世の経験で知っていたのに。人間と人魚は、違うことも、わかっていたつもりだったのに。


 魔術を行使し続ければ、魔力は減っていく。あとから理解した時、私はようやく自分の気持ちと向き合うのだ。


 そして、その日から三日経っても、クラウス様は、帰ってこなかった。

最後まで、お付き合いいただきありがとうございます。下の☆を押しての評価やブクマいただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作「溺婚約破棄されて幽閉された毒王子に嫁ぐことになりました。」 今回は、重い話が書きたくなって始めたので、前半重いです。 主人公の聖女は、世間知らずでお人好し。 最終的にはハッピーエンドになる予定です。 ぜひ、↓のリンクから一読いただけると、うれしいです。 「溺婚約破棄されて幽閉された毒王子に嫁ぐことになりました。」
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ