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海面で王子様っぽい人と遭遇してしまいました。 2



 どうしたものかと、王子様っぽい人を眺めている間に、辛うじて捕まっていた体は、ずるずると力が抜けて、沈みかけてしまう。


『絶対に! 絶対に、溺れている王子様なんて、助けたらだめ。もし、見つけたとしても、絶対に見捨てるのよ!』


 脳裏で反響を繰り返す、お姉様の声。

 そう。堅実な人魚姫は、王子様を助けて恋に落ちたりしない。絶対に。でも、でも!


「――――うぅ。沈んじゃダメ!」


 でも、見捨てるなんて出来るはずもない。そうでしょう?

 恋にさえ落ちなければいいのだ、と心の中で言い訳をしながら、私は王子様っぽい人のわきの下から抱きしめるように支えると、泳ぎ始める。


 体力には自信がある。人魚が暮らすのは南の海の底。

 北には、大きな大陸があるのだと、お姉様に聞いたことがある。

 つまり、目指すのは北。北なのだろう。


「……人魚姫って、どうやって陸地まで王子様を連れて泳ぎ切ったんだろう?」


 おとぎ話の人魚姫は、きっと体力があったに違いない。地上なら、フルマラソンを完走できるくらい。

 一生懸命泳ぐけれど、人を一人引っ張りながら、長距離を泳ぎ切るのは、人魚にだって大変な作業だ。


 その時、一羽の青い鳥が頭上を通り過ぎて、なぜか近くまで下りてきた。


『ニンゲン。否、ニンギョ』

「ひえ、しゃべった!」


 この世界では、鳥も言葉をしゃべるのだろうか?

 この世界の常識なんて、海の底に暮らしていた私は知らない。

 だから、鳥がしゃべるのが普通なのかどうかの判別が、私にはもちろん出来ない。


 そんな私の困惑をよそに、青い鳥は耳元でバサバサと羽ばたきながら、私に指示を与えてくる。


『彼方に向かって泳ぐように。褒美を与えよう。ニンギョ』

「ニンギョだけど、そう呼ばれるの慣れないわ。レイラというの」

『そうか、レイラ……』


 私のことを人魚といった時に比べ、名前を呼んでもらった瞬間、鳥に親近感がわく。

 褒美をくれるらしい、鳥について泳ぎ始める。

 行き先もわからず、途方に暮れていたこともあり、私は、その言葉に従った。


「ねえ、あなたの名前は?」

『名前はないから、好きにつけるといい』

「ふぅん……。じゃ、ラック」

『――――初めて海面に出たばかりか? 本当に、世間知らずだな』


 その言葉は、あまりに小さかったから、波音にかき消されて、必死に泳ぐ私には、聞こえなかった。

 だって、世間知らずなのは事実なのだ。私は、この世界のことについて、あまりにも知らな過ぎた。

 名前を付けることの意味なんて、海面に初めて出た成人ほやほやの人魚が知るわけない。


 そもそも、ほとんどを海底で暮らす人魚は、世間知らずが多い。

 前世の記憶がある私が、少し変わっているだけで。

 でも、この時は、その知識も、記憶も、まったく役には立たなかった。


『あの船だ。探しに来ている』

「――――あの、あまり人と関わりたくないのだけど」

『今さら何を……。もう、運命は動き出した』

「えぇ?」


 そのとき、ザブンと遠くに浮かぶ船から、誰かが飛び込んだ。

 私は、助けが来たことにホッとして、そちらに向かって泳いでいく。


 近づくと、その人の頭には、柴犬みたいな耳が生えていた。

 泳ぎが得意なのか、着衣のまますいすい泳いでいる。


「桜色の髪……。あなたが、助けて下さったのですか?」

「――――ただの、通りすがりの人魚です。お気遣いなく」

「……え?」


 その人が、海の中の私の下半身を凝視した。ドレスを着ているけれど、裾から尾ひれがのぞいているのが、波もなく透明な海に透けて見えている。


 そもそも、人魚じゃないとしたら、こんな海の真ん中に、人間がいたら、おかしいと思う。


 あ、この人はなぜかいたけれど……?


「それでは、失礼します」


 お別れをしようと、王子様っぽい人を犬耳騎士様に押し付けて去ろうとした瞬間、急にその瞳は開かれた。私の驚いている顔が映り込んだ、深紅の薔薇のような色に、釘付けになる。


 美しい人だ。人魚の私がいうのもなんだけれど、神様が作った彫刻みたいな、人外の美貌だ。


 ……うん、大丈夫。恋になんて落ちていない。


「で、では! 失礼します」

『あ、褒美!』


 青い鳥が何か言っていたけれど、泡になって消えてしまうエンドには、絶対にたどり着きたくない。

 私は、全速力で、海底に向かって泳ぎ始めたのだった。


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新作「溺婚約破棄されて幽閉された毒王子に嫁ぐことになりました。」 今回は、重い話が書きたくなって始めたので、前半重いです。 主人公の聖女は、世間知らずでお人好し。 最終的にはハッピーエンドになる予定です。 ぜひ、↓のリンクから一読いただけると、うれしいです。 「溺婚約破棄されて幽閉された毒王子に嫁ぐことになりました。」
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