囚われ人魚 3
離してくれないこの人、もしかして王子様なのではないだろうか。
嫌な予感と、温かい体温に混乱する私。
「あの」
「クラウスだ」
「クラウス様……。助けていただいたのは、ありがたいのですが」
「――――ああ。そうだな」
クラウス様は空中からふわりと海面近くまで下りる。そこでようやく私は、海の中に放される。
顔だけ海面に出した私に、クラウス様がほほ笑みかける。
ともすれば、人のことを不安にさせるほど美しく深い紅の瞳。
そこからは、今はやさしさしか感じられない。
「……幸せに、過ごせそうか?」
「え?」
私から逸らした横顔が、とても寂しげに見えたから。
それは、言い訳だろう。
人魚姫は、王子様と関わってはいけない。それは、人魚の常識だ。でも。
……行ってしまう?
じゃぶんっ、と跳ね上がる。
イルカにできることは、人魚にだってもちろん出来る。魔法の力を借りてだけれど。
私は、行かないで欲しい、というあまりに素直な本能のままに抱き着いた。
「――――レイラ」
「私のこと知っているんですよね? 記憶がなくなったひと月のことも」
「……そうかもしれないな。だが、このまま幸せに過ごすほうがいい」
「私、人間になりたいんです」
困ったことに、人間になりたい、あるいは戻りたいという気持ちは、クラウス様に出会ってからどんどん大きくなっていく。
たぶん、お姉様の尾ひれが、二本の足になっているのを見てしまったことも大きいに違いない。
「――――クラウス様は、その方法をご存じですか?」
「……そうだな。知っているし、実現できる。だが、今はまだ無理だ」
「そうですか」
「――――もし、レイラが許してくれるなら、全てが終わったときに、迎えに来るよ」
コテンッと首をかしげて考える。
全てが終わったら迎えに来る?
それって……。危ないことしようとしている?
その瞬間、私の尾ひれが引き裂かれるみたいに、ものすごく痛くなった。
「きゃっ?! いっ……たぁ」
「レイラ!!」
クラウス様が、どうしていいかわからないように漂わせていた腕で私を抱きしめてくる。
痛くて熱くて、耐えがたいほど苦しいのに、私の心は、魂は、これが私の本当の姿なのだと告げている。
目の前には、二本の足。
それは、前世から見慣れた形をしている。
そう、違和感がずっとあったのだ。この体に。
私は、自分が人魚であることを、生まれながらに認めることが出来なかった。
それなのに、お姉様のあんな姿を見せられて、目の前に助けてくれる王子様が現れてしまったのだ。
自分の姿が、人の姿になることを、望まずにいられるはずがない。
「……レイラ。幸せに過ごしているのなら、諦めようと思ったのに」
「よくわかりませんが、勝手に決めないで下さい。私のこと、よく知りもせずに」
「ははっ。命を懸けていいほど恋に落ちた割に、確かに俺はレイラのことをあまり知らないな」
けれど、クラウス様は、自信を感じられる笑顔で私のことを見つめた。
「……レイラ、とりあえず肉を御馳走しよう。ドラゴンの肉もある」
「えっ! お肉?!」
喉をごくりと鳴らして、キラキラしてしまった私の瞳を深紅の瞳がいたずら好きの少年のように見つめる。
「レイラが好きな、肉を焼いてあげる。俺が知っているのは、それくらいだな」
「ふわぁ……。なんで、私の一番の願望を知っているんですか」
「知っているさ。それにこれからも、何でも知りたいんだ。レイラのことなら」
人魚姫は、再び王子様に囚われる。
次の瞬間、転移魔術が発動されたのを感じて、目を開けば見たことのない大豪邸の食堂にいた。
「おかえり」
「え? ただいま?」
記憶は、まだ戻っていない。
しかも、人魚の魔法は、期間限定だ。
だから、まだ問題は完全には解決していないけれど。
全て解決するなら、もちろん私も関わりたい。
誰かの力でなく、自分の力で。
人魚姫と王子様の物語は、これからも続くのかもしれない。
そして、私がもう一度恋に落ちてしまうのも、全て思い出すのも、物語の確定事項なのだ。
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