舞踏会と尾ひれ 6
* * *
「……レイラ、君が願い事さえ言ってくれれば、僕は」
すれ違う時に、俯きながら、ラックがつぶやいた言葉。
ラックを見返した、真紅の色と対比するような冷たさをはらんだ、クラウス様の視線。
「この国には、お前しかいない。人魚の魔法を、そして俺がかけた魔術を解くことができる人間なんて」
「……その通り。だけど、君は知っているはず。逆らうことが、できなかったのだと」
「……こんな国」
「そう思うなら、君が変えるしかない」
周囲の視線と、抱き上げられたままの私。
視界の端に映る髪の毛の色は、桜貝の色だ。
幸い、尾ひれは長いドレスの中だけれど、周囲から「聖女」という単語が聞こえてくる。
でも、体が熱くて、息が苦しくて、魔法の残量もあと少ししかなくて、私はクラウス様にしがみつくくらいしかできない。
「……リード、ルクス。悪いが、連れの体調が悪い。これで失礼する」
「思っていたよりも、大きなものを隠していたな。聖女は国の管理下に置かれる。誓約により、聖女は王宮預かりとする」
「お断りだ」
ぼんやりした意識の中、「彼女は俺のものだ」という言葉が聞こえてきて、嬉しく思う。
それと同時に、クラウス様を巻き込んでしまうことが悲しくて。
クラウス様の魔力が、その言葉を返した瞬間から、ものすごい勢いで減っていってしまうのと、残された魔力を振り絞って転移魔術が発動されたのを感じる。
次の瞬間、バシャンッという落下の軽い衝撃と、体に馴染む冷たい感触。
まるで、フルマラソンを走り切って、必死に酸素を取り込もうとしているみたいだ。走ったことはないけれど。それでも、この苦しさよりも。
「クラウス……さま」
ずぶ濡れのクラウス様が、私を安心させるように笑う。私の手を掴むとそっと自分の頬に当てて。
「レイラ? 海の底なら、誰も手が出せないはず」
海の底まで追いかけてきた人が、よく言う。
でも、きっとクラウス様くらいなのだ。
膨大な魔力を持つというルクス殿下ですら、お姉様を海の底まで追いかけてくることは、できなかったのだから。
私の頬を伝う塩水は、海水じゃない。
だって温かい。
「そばに、いたいです」
「……そばにいるよりも、幸せでいてほしい」
「私もクラウス様に幸せでいてほしい」
でも、私の幸せは、きっともうクラウス様のそばにしかない。離れても、きっとそばにいたいのだと、泣き暮らす未来しか浮かばない。
海に浸かって、少しだけ回復した魔力。
クラウス様は、このままでは、きっと死んでしまう。魔力が枯渇しかけたのに、転移魔術なんて発動したから、完全に空になっているに違いない。
「でも、それよりも生きていてほしい」
何が対価になるのかわからない。
だって、人魚が使う魔法は、海の中で生きるため。ほかの理由で使うには、人魚にも制約がある。
「……残酷だな。俺に幸せがなにかということを、教えておいて」
「生きてください。私も、生きるから」
唇を傷つけて、「愛しています」という言葉とともに発動される魔法。
次に気がついた時、私は海の底にいた。
*:.。..。.:*第3章完*:.。. .。.:*
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