舞踏会と尾ひれ 4
お姉様は、無言のまま私たちの後をついてくる。
ルクス殿下は、王族の務めとやらで消えてしまった。
そして、代わりに現れたのは、よく見た青色……。
でも、鳥ではない。
「――――ラック」
見間違えるはずがない。海に溶けてしまいそうなその色彩、そして魔力。
人前、王族の前で名前を呼んではいけないと言われているから、内緒話のように小さくその名を呼ぶ。
「……人間だったなんて、聞いてないわ」
「そうだね。だけど、僕は人間でないとも言っていない」
切長の瞳は、少しだけ冷たい印象を人に与えるけれど、それを差し引いても、絶世の美男子だ。
……でも、その姿に騙されてはいけない。
だって、魔法と魔術の違いが分かるようになってしまった私には、その魔力の強さも、自然の摂理を壊した魔法を繰り返し使った歪さもよくわかってしまう。
「悪い魔法使い……」
「――――心外な。僕は魔法使いだけれど、悪いかどうかは相手の受け取り方次第で、とても曖昧なものだ」
たしかに、悪いというのは、その人にとっての主観的な視界から見ただけの表現なのかもしれない。
「――――私にとっての、極悪魔法使い」
「あはは。本当に面白いよね?」
青い鳥改め、青色の髪と瞳が美しい魔法使いラック。
クラウス様とお揃いの礼装が、彼の地位を示している。
「それにしても、王族の魔力っていうのはすごいよね。簡単に魔法を使った代償を上書きしてしまう。……ねえ? 人魚の魔力なんて、もっともっと、すごいだろうね」
その瞬間、本気の魔術が発動されようとしていた。
王宮内だ、それはいけないと思う。クラウス様。
「クラウス様? 事実です」
「……レイラ」
そう、きっと王族の魔力と同じくらい、人魚の魔力には価値がある。
もしかすると、魔術しか使えない王族の魔力に比べて、魔法を息をするように使う人魚の魔力はもっと価値があるのかもしれない。
「……行きましょう」
「ああ、時間切れになりそうだからな」
今日も赤く鈍く光る、クラウス様の耳のピアス。
それにしても。
私は小さくため息をついた。
私に会いに来ても、来なくても、このままではクラウス様はいつか泡になって消えてしまうに違いない。
私を出会った時に、何と戦ってあんなことになっていたのかは知らないけれど、繰り返し戦っていたのは間違いない。
それが、先ほどルクス殿下が言っていた、王族の忌子という単語と関係あるのも間違いない。
それでも、クラウス様の地位が、王宮魔術師の頂点であることを証明するかのように、ホールに入ったとたん、会場にいた人たちは二つに分かれて、道が作られる。
「――――王立魔術院筆頭魔術師クラウス、求めに応じ、はせ参じました」
「ああ、普段はなかなか表に現れないクラウスに会えてうれしいよ」
そこには、おそらく第一王子殿下と、第三王子ルクス殿下が立っている。
国王陛下は病床に伏していて、今は第一王子殿下が執務を代行しているという。
先ほどまでの、喜怒哀楽なんて表に出すこともなく微笑んでいるルクス殿下が、少し怖い。
――――たぶん、第一王子が執務を代行し始めてからなのだろう。クラウス様が、普通に考えれば生き残るなんて難しいような戦いに送り出されるようになったのは。
『だからって、なんの制約もなく、クラウスを自由にできるわけではない。王家にとって必要な命令であること、魔力を捧げることが必須なのだから。ほらみろ、第一王子の魔力も減っている』
頭の中に、直接話しかけるのはやめて欲しい。
これは、ラックの魔法あるいは魔術なのだろうか。
『クラウスほどの人間に対して使うなら、代償だって大きいさ。使えてあと一回というところだ。あちらも、焦っていることだろう。ましてや、僕も姿を取り戻した。今夜、きっと手を出してくるぞ。あはははっ。楽しくなりそうだな』
――――楽しくない!
会場の端で、頭のてっぺんしか見えないほど、ご令嬢に囲まれているラックを見つめる。
しかし、本名はなんていうのだろう。ラックと呼び続けていいものなのだろうか。
まあ、王族の前では絶対に呼ぶなと言われている。ここで、名を呼ぶ機会もないだろう。
それにしても、困ったものだ。
平凡な幸せが欲しかっただけなのに、どうしてこうなったのだろう。
何が起こるか分からない、舞踏会の会場が、戦場にすら見えてくる。
そんな不安に震える私の心を察したのだろう、クラウス様がエスコートしていた手をキュッと握ってくる。
「守るから……」
耳元に添えられた唇に、会場がざわめく。
それはそうだ。舞踏会になんて現れることがなかったクラウス様が、女性を伴ってきただけでも注目されるだろうに、こんな甘い表情。
それに、周囲にとって私は、どこから現れたかすらわからない、謎の女。
そして、長い長い舞踏会の夜は、始まりを告げるのだった。
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