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人の世界と人魚の物語 1



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 二本の足で歩くのは、本当に久しぶりだから。

 おとぎ話では、歩くたびに足が痛むと語られていたけれど、人魚の時よりも快適なぐらいだ。

 そもそも、人魚の体に慣れるまで、クルクルと泳ぐたびに体が回ってしまって、よく家族を心配させたものだ。


「クラウス様?」


 クラウス様が、筆頭魔術師は有事の際以外は暇だと言っていたのは、本当だったようだ。

 

「ちゃんと、目が覚めた?」


 クラウス様の表情が、明らかに依然と違うことに、ドギマギする。

 でも、確かめなくては。

 クラウス様の背中側に回った私は、許可を得ることもなくいきなり、ゆったりとしたシャツをまくり上げる。


 そこには、血は流れていないものの、まだ生々しい大きな傷が残っていた。


「――――レイラ、あまり見ないで。美しいものではないだろう?」


 確かに、大きな傷だ。それだけでなく、たくさんの傷が残っている背中。

 さわさわお腹を触ってみると、思いのほか鍛えられた筋肉と、触っただけでわかるほどの傷がたくさんあった。


「レイラ!」


 傷を確認しただけ、そんなに怒らなくてもいいのにと思って顔をあげると、クラウス様の耳元が赤くなっていた。

 そこでようやく、私は我に返る。


「す、すみません」


 ど、どうしよう。どうしてこんな行動をしたのか、私だって理解に苦しむ。ただ……。


「ただ……。心配で」


 その言葉を伝えたとたん、クラウス様はクルリとこちらを振り返り、私の前に膝をついた。


「俺のこと、あまり甘やかさないで?」

「え? 甘やかしてなんか」

「本当に……。俺は、レイラが思っているような人間じゃない。生きるためには、何でもしてきたし、これからだって、王国の……」


 少しだけ赤い耳のまま、そんなことを言うクラウス様から、再び目を離すことが出来ないまま私は目を見開く。眦まで赤い。

 不自然にも、会話を切り上げようと、視線を逸らしたクラウス様。

 その表情から、今の話の続きをするつもりがないことがわかってしまう。


 ああそうだ。一番大事なことを、私はまだ伝えていない。


「――――これからも、甘やかしますよ」

「レイラ?」

「だって私は、クラウス様のことが」


 人魚の歌声は、恋を告げるため。

 けれども、人間の記憶を持っている私は、言葉で恋を告げる。


「好きです。クラウス様」

「――――俺だって、恋に落とされた。信じられないくらい刹那に。これ以上ないくらい深く」


 まるで、恋に落ちたことが不服だとでもいうようなクラウス様。

 一言、言い返そうかなと思ったのに、その言葉は続く。


「ごめん。それでも、海の底まで追いかけたのは、魔術師としての興味が半分くらいあった。……人魚と、その桜貝のような髪に。いや、たぶんそれを自分への言い訳にして、恋に落ちた気持ちを何とか否定しようとしたのだろうな、俺は」

「この髪色……。人間にはいないんですよね」

「――――過去いなかったわけではないが。でも、もう一度会えば、思い違いだったことが、分かると思ったのに、まさかこの気持ちを否定することすら許されず、もっともっと、深みにはまるなんて」


 クラウス様は、間違っている。堕ちてはいけない恋なら、もう会ってはいけなかったのだ。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] クラウス様の「これ以上ないくらい深く」にドキドキ(//∇//) もう一度会おうとするってことは、すでに囚われていますよね〜♪
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