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衰退世界の人形劇  作者: 小柚
中巻

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第十六章(1)

 ハクテイに着いたわたしたちは、まず一番に着替えを命じられた。渡されたのは青色の正装と白いローブ。白いローブは以前よりリンさんたちが身に付けていたものと同じだったけど、青色の正装は見慣れないきらびやかなものだった。

 サイグラム風の最高位に近い服装なのだろう。男女は特に区別されていないようで、わたしとルカさんに渡されたものにほとんど差はなかった。

 黒っぽいスラックスとヒラヒラの付いた白いブラウス、青のベストと上着を着込んだわたしはアピスヘイルの貴族の男の人のようにも見えて、まるで別人になったような気がした。

 それはルカさんも同様で、普段のブカブカのフリンジ風の衣装にすっかり見慣れていたわたしは、あまりの変わりように驚いてしまった。

「ルカさん、すごくかっこいいですよ!」

「そうか? なんか派手すぎないか……?」

「似合っていますよ」

「お前も似合ってると思うぞ、割と」

「そ、そうでしょうか……」

 お互いに誉めあったり照れあったりしていたけど、わたしたちの変化なんて霞んでしまう光景が目の前に現れる。

 周囲とは違う、真っ白な正装を身に付けた長身の人。後ろで銀髪をひとつに縛っていたから、ウィスさんかと一瞬思ったけど違った。

 あれは虎白さまだ。普段の質素なカミノタミ風の衣装ではなく、サイグラム風の正装を纏った虎白さまは、いつも以上に荘厳なオーラを放っていた。

 わたしはついつい見とれてしまい、ルカさんに白い目で見られてしまう。だけども見とれているのはわたしだけではない。リンさんを初めとする使節団の人たちの女性のほとんどが虎白さまに熱視線を向けていた。

「さすが虎白さまは似合っていますね……」

「…………」

 わたしはルカさんに、取り繕うように苦笑いを向けてみたけど、なんだか機嫌を損ねてしまった彼は何も答えてくれなかった。

 気まずいままに号令がかかり、わたしたちは集団の最後尾に並ぶ。使節団は総勢二十名くらいの小規模なもので、比較的若い見た目の白子ばかりが参加していた。カミノタミ派の白子が参加していないのが不思議だったけど、何か重大な理由があるのだろう。

 旅程の簡単な説明がされる。船で内海を横切り、そのまま内陸の河を下り、外海まで出て直接黄金都ガルドへ乗り込むらしい。船で丸二日ほどかかるという。ずいぶん遠いところにあるんだなと思った。

「何か質問のあるものはいるか?」

 虎白さまに問われて、手を上げる人はいない。周りの人はみんな使節団のメンバーに選ばれたことを名誉に思っているようで、誇らしげに胸を張り、真面目な表情で口を一文字に結んでいる。

 虎白さまはそんなメンバーたちを見回しながら言った。

「敵地に乗り込むことを不安に思っている者もいるかもしれんが、我々は金凰と話し合いに行くのであって、争いに行くのではない。話の流れによっては争いが起こることもあろうが、表向きには友好関係の構築を目的とした使節団であることを念頭に置いて行動してほしい」

 はい、と元気良く返事をするみんな。

「何か疑問点があるときは忌憚無く質問に来てほしい。船旅の間でも構わん。今回の件は未確定なことが多いから、全ての疑問に答えられるかはわからんが」

 再び返事をする周囲。本当にこの人たちは疑問点が何もないのだろうか。わたしは訝しく思ったけど、自分自身も何を質問して良いのやらわからなかったので、彼らと似たようなものだなと思った。

 大通りでたくさんの人たちに見送られながら、港へと向かう。港には立派な帆船が用意されてあり、たくさんの木箱が積まれていた。わたしたちは黙々と乗り込み、数人の船員さんに操られた船は軽やかに陸を離れる。全てが準備済みらしい使節団の門出は、何の滞りもなくあっさりと完了した。

「風が気持ちいいですね~」

 船縁から身を乗り出しながら、サラサラの銀髪を靡かせるリンさん。わたしとルカさんは居心地悪く彼女の近くに佇んでいた。

 サイグラム風のお揃いの正装を着込んでいる人たちは、虎白さまを除いてはリンさんとニトさん、同じチームのもうひとりのメンバーであるカリナさんくらいしか知っている顔はない。わたしたちと同様に甲板に出ている人は半数ほどで、他の人は船室に降りているようだ。

 ハクテイで渡された石を確認している人がほとんどだったので、わたしたちもそうするべきかなと思った。わたしはこの一月ほとんど石の勉強はしなかったので、渡された十個ほどの石を活用できる自信はない。ルカさんに教えてもらって、これらがどんな音を出す石なのかをようやく把握できた。

「石はひとりでも複数の音を同時に出すことができるから、五人揃わなくても彩謌を撃つことができる。もしもの時にはお前も石を割らないといけないんじゃないか」

「もしもの時……ですか」

 もしもの時とは、リンさんを主体とするわたしたち五人組の誰かが欠けた時のことだろう。

 わたしはひとりになったとしても、虎白さまの号令に従わなくてはならない。発雷を命じられたとき、最初の音を喉で奏で、残りの四つを石で出す。そういう心づもりをしておかなくてはならない。

「大丈夫ですよ。リンさんたちは強いですから。カノンさんより先にバテたりはしませんよ~」

「そ、そうですよね……」

 励ましてくれるリンさんには悪いけど、わたしの不安は無くなることがなかった。ルカさんに石を割るための手袋の使い方を教えてもらい、少しでも不安な気持ちを解消しようと努めた。

 いつのまにやら時は過ぎ、ハクトから見えていた歪な形の山、神樹の近くに船は辿り着いていた。

 近くで見る神樹は一本の太い樹というよりはたくさんの樹の集合体のような感じで、ポツポツと点在する太い幹がうねうねと周りの幹と絡み合いながら空に伸びている。

 枯れているとウィスさんは言っていたけど、海面に近い位置にある幹はまだ生命力を感じる色をしていた。細い枝には見慣れた光る実がいくつかぶら下がっている。

 船員さんたちは長い棒の先に刃物が付いた道具で実を切り落とし、海に浮かんだそれらを網を使って回収した。数を数えて箱に詰め、船室に運ぶ。

「あとでみんなに配られるはずですよ。燃料切れにならないように、いくつか持っておかないと不安ですからね」

「そこまで酷い戦闘になる可能性もあるんでしょうか?」

「さあ。リンさんにはわかりません。どんなことが起こっても、虎白さまの指示に従うだけです」

 リンさんの言う通り、しばらくすると神樹の実の欠片がみんなに配られた。わたしがもらったのは親指くらいの小さな欠片がふたつ。ひとつはすぐに食べてもいいと言われたので恐る恐る口に含んでみる。

 口腔内で爆発したんじゃないかと思うくらいの刺激をお見舞いされて、わたしは目に涙を溜めながらそれを飲み下した。

「ルカさんは平気なんですか?」

「ああ、このくらいなら慣れた」

「慣れることがあるんですか、これ……」

 周りを見回しても、目を赤くして騒いでいるのはわたしくらいのもので。リンさんとニトさんは笑いながら、あと数ヶ月すれば慣れますよと励ましてくれる。

「これに慣れちゃったら、味覚がおかしくなりませんか」

「別にこれしか食べないですから。味覚がおかしくなったって構わないですよ」

「リンの料理はもともと美味しくなかったから……」

「な、なんてこと言うんですかニト! リンさんは完璧ガールなんですから料理も完璧でした!」

「美味しくなかったよ」

「ひどいですニト~! いつもニコニコしながら食べてくれてたじゃないですか~!」

 ぽかぽかとニトさんを叩きながら、逃げる彼女を追いかけるリンさん。じゃれ合う彼女らは自然と他の仲間たちの輪に入って行き、わたしたちは甲板の隅っこにポツリと取り残された。

 いつの間にか神樹が船尾の彼方に遠ざかり、歪な山の形に戻っている。わたしは木箱の上に並べていた石を袋の中に戻しながら、なんとなく口を開いた。

「この木箱、全部同じ形ですけど……何が入っているんでしょうね」

 木箱は細長い形をしていて、甲板の半分以上の面積に整然と並べられている。階段のような形に積まれていたので何人かがそこに座り、わたしは机のようにして使っていた。

「さあ……。開けてみるか?」

「いいえ! きっと金凰への貢ぎ物ですから。触らないでおきましょう」

「貢ぎ物だからって、別にいいだろ。見るだけなんだし」

「やめてくださいルカさん。貢ぎ物には触らないほうがいいですよ」

 わたしが強い口調で止めると、ルカさんは何故だか不審そうな表情をこちらに向けた。

「どうしました?」

「お前、前もそんなこと言ってたよな。藍の都に向かう船の中で」

 そんなこともあったかしら。わたしが記憶を辿っていると、ルカさんは眉間に深いシワを刻みながら口を開く。

「何かトラウマでもあるのか? 貢ぎ物を触ったことで良くないことが起きたとか」

「さあ……そんな覚えはないですけど……」

「じゃあ、前世にそういうトラウマがあるのか」

「…………」

 どうなの? マグノリア。わたしは脳内の彼女に尋ねたけど、返事は返ってこなかった。

 どうしたのかしら。眠ってしまったのかしら。少し不安を感じたけど、まあいいか気を取り直す。

「なんにせよ、貢ぎ物に手をつけるのは非常識ですよ。何が入っているかなんて、リンさんにでも聞けばいいんですから……」

「紙だよ」

「紙?」

 突然背後から声が聞こえて、わたしはすっとんきょうな声をあげつつ振り返る。そこにはいつものカミノタミ風の服を着たスイさんとウィスさんがいて、わたしは驚いてしまった。

「スイさんも乗っていたんですか? いつの間に!」

「最初から乗っていたよ。私抜きで金凰のところになんて行けるわけがないだろう」

「そ、そうですね……」

 リンさんの謎の自信とは違い、非常に説得力のある発言だった。

 スイさんが同行してくれるなら、そこまで酷いことは起こらないかもしれない……。わたしの不安はみるみるうちに緩和していく。

 スイさんはわたしの目の前の木箱の蓋に手を掛けて、少しだけ奥にずらした。中には真っ白なものが巻き付いた長い筒が並べられている。見える範囲は全てがこの筒で、他のものは何も入っていない。

「クラウディアには何でもあるから。金凰が欲しいのはこの白い紙だけなのさ」

「紙って、羊皮紙とか手漉き紙とかの紙ですか?」

「そう。これはハクト紙と言って、ハクトの秘密の技術で作られたものだ。世界中でハクトにしか作れない」

 わたしは恐る恐る手を伸ばし、筒の表面を撫でる。ほとんど抵抗を感じないツルツルの表面は今まで触ったことのない感覚をわたしにもたらした。

「薄くて、強くて、滲まない。しかも大量に生産できるから、どの国もこぞって欲しがるね」

「この紙で本も作れるんでしょうか」

「もちろんだよ。この紙なら耐えられる印刷技術もあってね。たくさんの本が作れて、平民にまで行き届いている」

「凄いです。こんなに真っ白でツルツルの紙は見たことがありません」

「アピスには卸していなかったかな。羊皮紙が充分にあるからね、あの国は」

 スイさんはこの紙とハクトの関係についてしばらく語ってくれる。

 ハクトはどの国からも睨まれる微妙な立ち位置だったけど、この紙を納め始めてから状況が好転した。この紙があまりにも素晴らしいものだったからだ。特にクラウディアでは羊皮紙が手に入らないので、紙というのは固く分厚く、製本することも難しい粗悪品しかなかった。

 ハクトは白子の代わりに白紙を納めることにより、勝手に"国"と名乗ることについてお目こぼしをもらうことができるようになった。

「紙の作り方を教えるように言われたりしなかったのか?」

「そりゃあ言われたさ。無理矢理奪おうとされたこともあるけど、なかなか上手く行かなかった。各国はすぐにハクト紙がなくてはならない状態になってしまったから、ハクトに強く出られなくなった。下手をして製紙技術が失われてしまったら、そのほうが困ると思い始めたわけだね」

「なるほど……」

 解りやすくて納得できる話ではあったけど、わたしはモヤモヤした気分になってきた。

 白紙を献上したら白子を献上しなくて良くなるなら、早くそうしてくれたら良かったのに。わたしたちはこんな紙切れ程度の存在でしかないのなら、早く解放してくれたら良かったのに。

「単純に思えるかもしれないが、こんな単純な話ですら成立させるのはなかなか難しいのさ」

「そうなんですね……」

「だからこそ虎白は、この膠着状態を壊したくなかったんだ」

 そう語るスイさんは、いつものように薄く微笑んでいた。スイさんの表情はいつもこうだから、何を考えているのか全然わからない。

 だけどわたしは、今のスイさんは少し憂いを感じているように思えた。釣られてなんとなく物悲しく思いながら、わたしはこう質問した。

「膠着状態が壊れたのはわたしのせいなんでしょうか……」

「いや、そうじゃない。早かれ遅かれ、膠着状態は壊さなければならなかった」

「それは何故でしょう」

「限界を迎えるからさ」

「限界? それは千年問題のことでしょうか」

「それもあるが、それだけじゃない」

「?」

 スイさんはそれ以上は語らず、船縁に身を寄せて風を浴び始める。物足りない思いでわたしはウィスさんを見たけど、彼も肩を竦めただけで何も語ってくれなかった。

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