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衰退世界の人形劇  作者: 小柚
上巻
37/125

第七章(5)

「育てのお母さまにお会いになるの? それは素敵なお話ね! 良かったわね、カノン」

 ストレートロングの銀色のカツラに猫耳を付けた町娘の装いのローダさまは、わたしの話を聞くなり自分のことのように喜んでくださった。お付きの侍女に、ローダさまと同じ格好をさせられたわたしは、左右にぴったりと付き従う屈強な男の人二人に戸惑いながらも言葉を返す。

「ありがとうございます。それでわたし、何か贈り物を選ぼうと思っていまして」

「まあ、素晴らしいお考えね。是非ご一緒させてくださいまし」

 町娘の格好といえど、絶世の美少女であるローダさまは非常に目立つ。彼女を守るように歩く筋骨隆々の男の人も、いつもの侍女三人組も同じように猫耳を付け町人の格好をしているのだけど、どう見ても普通ではないいでたちだ。この集団で恐らくわたしだけが普通の町娘のような格好で、道行く人には存在が霞んで見えていることだろう。

「あ! ローディアさま!」

「ローディアさまだ」

「え?! ローディア様?」

「ごきげんよう、みなさま」

 どよめく都民にローダさまは華麗に会釈する。エリスでもないのに握手や踊りの相手を求めてくる人々に、丁重な断りを入れながら歩む彼女の姿に、わたしはただただ圧倒されていた。

 本当にローダさまって、平民に人気があるのね。わたしだって一応白子で、教会や王城ではそれなりに特別扱いされているけど、平民はほとんどわたしの顔を知らない。絶世の美男子として有名なテオドアならともかく、平凡な容姿のわたしは彼らの間でほとんど話題にされていないようだった。

 別に悔しいとか、寂しいとかいう気持ちはないけど、ただただ複雑な思いが溢れてくる。わたしなんかが白子で本当に良かったんだろうか。ローダさまが白子の方がよっぽど国民のために良かったんじゃないだろうか。

「カノン、あのアクセサリー屋さんはいかがかしら」

「良さそうですね! 行ってみましょう」

 麻の敷物にぞんざいに並べられているアクセサリーの数々。ローダさまにはどれも珍しく映ったのだろう。この石はなんていう石か、この木彫りの彫像は何を模ったものかとか、いちいち店主に説明を求めて困らせていた。

「カノン、これはいかがかしら? 見たこともない模様の石よ」

「綺麗ですね」

 ローダさまが差し出してきたのは、大きな石がぶら下がったペンダントだった。店主が言うには、幸福を呼ぶキャットアイという石なんだそうだ。

「濃い藍色のものが最も貴重で、お値段も上がってきます」

「なるほどね……」

 ぶら下がった値札にわたしは絶句した。二桁の数字が付いたアリスの単位は見たことがなかったからだ。

「お気に召したなら、わたくしが購入してカノンにプレゼントしましてよ?」

「いえ、気に入ったら自分で買います。自分で買わないと、なんだか心が籠っていない気がするんです」

 確かにそうねと呟いて、ローダさまはペンダントを店主に返した。アクセサリーは何か違うと感じたわたしは、飲食店が並ぶ通りにローダさまを誘導する。

「身に着けるものは、少し重すぎるかなと思うんです」

「重い? 確かに先ほどの石は大きすぎましたね」

「いえ、そうではなく、思いが重たいと言いますか……」

 アクセサリーを贈れば、お優しいイリアさまはいつでもそれを身に着けていなければと思うかもしれない。もし身に着けることができない日があれば、心苦しく思われるかもしれない。そういう圧迫感が嫌なのだ。贈り物はもっと気楽に受け取れて、なおかつ心にふわりと残るようなものが良い。

「ねえカノン、あれはなんという食べ物なの?」

「ああ、あれはコットンキャンディです。砕いた飴を溶かして繊維のように引き伸ばしたものです」

「すごいわ! お空に浮かぶ雲のよう。ねえ、あれを一つ買っていきましょう」

 ローダさまは自分の頭よりも大きなキャンディを手に、驚きに打ち震えていた。

「カノン! こんなに大きいのに、空気のように軽いわ! ねえ、どうやって食べればよいのでしょう」

「こうやってちぎって、口に運ぶんです」

「まあ! なんて面白いの。ご覧になって、リーザ! パメラ! なんて不思議なの。とっても甘いわ!」

 ローダさまはおっかなびっくりキャンディを食し、ひとしきり騒いだ後、一割くらいしか口にしないまま残りを侍女に渡して次の露店へ向かった。

「あれは何? まるで生き物のように跳ねているわ」

「ああ、あれはホッピング・コーンです。穀物のお菓子ですよ」

「わたくしの知っているコーンと違うわ。どうしてあんなに膨れているの?」

「すみません、わたしにもよくわかりません」

 ローダさまは子供のようにはしゃぎながら山盛りのコーンを受け取り、二粒食べて侍女に渡した。

「食感があまり好みではないわ。次に行きましょう」

 わたしはちょこまかと動き回るローダさまに従いつつ、マイペースに視線を巡らせていた。イリアさまはどんな食べ物が好みだろう。お祭りの露店に並ぶお菓子は、都外から持ち込まれた奇妙なものが多い。都民を飽きさせまいと、露店を営む経営者たちは毎年味や見た目に工夫を凝らして、その年にしか食べられないレアなお菓子を創出している。きっとどのお菓子を贈っても、イリアさまには奇抜な思い出となるだろう。

 あのクッキーはどうかな。丁寧にアイシングが施された猫のクッキー。さすがに藍猫さまを食べるわけにはいかないから、尻尾は一本しかない普通の猫だ。詰め合わせの缶も凝ったデザインで、きっと気に入ってもらえるだろう。

「カノンはお菓子を贈るつもりなのかしら?」

「うーん。どうしようかなと考え中です」

「お菓子は食べたら無くなってしまうわ。形に残るものの方が良いのではなくて?」

「そうですね……」

 わたしは暫く悩んでいたけど、お菓子も違うような気がしてきて別の通りに移動した。こういうところで買う日持ちするお菓子は、見た目は良いけど味は今一つだ。修道院の昼食の方が断然おいしい。恐らくイリアさまの特別な思い出にはならないだろう。

「素敵なお嬢さん方! 記念に一枚いかがですか?」

 通りの端から声がして、その方向に目をやる。絵の具に塗れたツナギを着た男の人が、笑顔でわたしたちに手を振っていた。

「まあ、絵描きの方ね。カノン、肖像画を描いてくれるみたいよ!」

 一枚、二グリス。三十分で描き上げますと書いてある看板を見て、ローダさまが提案する。

「カノンの肖像画を贈ってはいかが? きっと大切に飾ってくださるわ」

「うーん。そうですね……」

 少し心が揺らいだけど、すぐに首を横に振る。

「駄目です。多分ですけど、主教さまが片付けてしまいます」

「あら、どうして? オズワルドはあなたの″育てのお父さま″でしょう?」

「主教さまは主教さまです。父さまではありませんよ」

 わたしは皆まで語らずその場を後にした。

 肖像画と言えば、思い出すのはサリーの肖像画だ。地下に残されたあれは、恐らく主教さまが捨て忘れたものだ。もし彼があの存在に気付いたなら、きっとすぐに燃やしてしまうだろう。

 多分わたしに関するものも、わたしが旅立った後には撤去されてしまう。サリーのように、誰もわたしの名前を口にもしなくなる。だからわたしはなるべく自分の痕跡を残さないように、イリアさまの記憶だけに残り続けるような贈り物がしたい。肖像画はたぶん一番良くない。まだアクセサリーの方が、わたしと関連付かないだけましだ。

 わたしは迷走していた。どの贈り物も駄目な気がして、難癖ばかり付けて街をぐるぐる回っていた。ローダさまは無邪気にあれこれ提案してくださったけど、わたしの贈り物のイメージとかけ離れすぎていて、どれも選択肢には残らなかった。

 迷走を続ける中で、わたしたちは人ごみの大渋滞に巻き込まれた。奥には小さな広場があるだけの小ぢんまりとした通りだったのだけど、何故だか大勢の人がいて前にも後ろにも進めない有様となった。

「なんでしょう、この渋滞」

「きっとエリスが居るんだわ。行ってみましょう、カノン」

「行くって、これ以上進めませんよ?」

 ローダさまは影のように付き従っていた男の人を振り向き、手で何か合図をした。彼らはわたしたちの前に立ち、ぐいぐいと人ごみを押しのけて進んでいく。

「付いていくのよ、カノン」

「は、はい……」

 わたしたちは彼らが作ってくれた道を進み、人ごみの先頭へと辿り着く。そこは少しだけ開けた場所で、銀で作られた豪華なお神輿と、その前で楽器を鳴らし、楽しそうに踊る人々の姿があった。

「あら。カーミィよ! 素敵。良く似合っているわ!」

 綺麗に結い上げた青銀の髪に青い猫の耳を付け、純白のドレスを身にまとった綺麗な女の子が小さな白猫と踊っている。いつもよりお化粧が濃くて一瞬誰かわからなかったけど、確かにあれはカーミィだ。普段にも増して美しいその姿は、思わず見とれてしまうほどだった。

 踊りが終わり、白猫はお礼を言って駆けていく。そして次の白猫に順番が回った。音楽がまた初めから奏でられる。

「わたくしも踊っていただこうかしら」

 ローダさまがそう言うと、侍女たちが駆けて行って、列に並ぶ都民に声を掛ける。市民は初めは嫌そうな顔をしていたけど、ローダさまが近づいて会釈をすると、すぐに満面の笑みになり順番を譲った。

「さすがローダさま……」

 わたしは遠巻きにそれを見ていた。侍女の一人に、カノンさまもどうぞと言われたけど丁重にお断りした。わたしが順番を抜かしたらきっと顰蹙を買ってしまうわ。あれはローダさまだから許される芸当よ。

 踊りが終わり、白猫が礼をして立ち去る。カーミィが顔を上げると、彼女の前にローダさまが歩み出た。

「エリスさま。わたくしと踊ってくださいまし」

 優雅に会釈し、笑顔でそう語るローダさま。カーミィは少し戸惑った様子でこう答えた。

「ローディア様。次のダンスのお相手は、あなたではなかったように記憶していますけれど」

「順番を代わっていただいたの。何か問題があって?」

「エリスとのダンスは、国民に幸せをもたらすものです。例えローディア様であっても、その権利を取り上げてしまうのは如何なものかと思います」

「わたくしの幸せは、国民の幸せです。わたくしが幸せになることは、国民みんなが幸せになることですわ。何も問題はなくてよ。ねえ、皆さま?」

 わずかな躊躇もなく、ローダさまはそう言ってのけた。平民の取り巻きは、わっと歓声を上げた。

「そーだ! ローディアさまの仰る通りだ!」

「エリスさまー。意地悪しないで踊ってあげなよー」

 驚くことに、民衆のほとんどはローダさまに味方した。カーミィは少し眉を顰めたけど、諦めたように会釈してステップを始めた。ローダさまもそれに合わせて華麗に踊る。

 さすがに二年もエリスを務めたローダさま。町娘の格好とはいえ、その踊りはエリスを凌駕するほど魅力的なもので、野次馬たちは完全にエリスではなくローダさまに見入っていた。

 音楽が終わり、二人は礼をする。大歓声が巻き起こり、ローディアさまコールが響き渡った。

 わたしは心配になって、カーミィを見る。リリムほど露骨に表情に出さないカーミィだけど、この状況にはさすがにご立腹の様子で、苦々しい顔をローダさまに向けていた。

「ありがとう、エリス。ありがとう、みなさま」

 それに露程も気付かないローダさまは、八方の人々に会釈をし、輝く笑顔を贈る。カーミィはわたしに気付いて、肩をすくめてみせた。わたしはローダさまの代わりに彼女に謝意を示しておく。ごめんね、カーミィ。本当にごめん。

 こちらに戻ってきたローダさまは、非常に満足した様子だった。

「カノンも踊ってもらえばよろしかったのに」

「いえ、わたしはもともと藍猫さまの祝福を受けていますから……」

「そうでしたね。本当に羨ましいですわ」

 ローダさまには悪気がない。それは解っているのだけど、ちょっとくらい気が付いてほしい。あなたの行動が、誰かを傷つけている場合もあるということに。

 おそらくわたしが助言しても、彼女は理解しないだろう。民衆は喜んでいたわ。たくさんの人が喜ぶことこそ、正しいことではないの? などと真面目な顔で言ってくるだろう。それはある意味正論なので、わたしは何も言い返すことができない。ローダさまはいつでも正しいことしか言わないのだ。

 その後も街を回ったけど、わたしの心に届くような品物は見当たらず、とうとう夕暮れ時になってしまった。

「ごめんなさいね。カノンのお役に立てなくて残念だわ」

「いいえ。わたしが優柔不断なのが悪いんです。まだ明日もありますし、大丈夫です」

 ローダさまたちは大教会の前まで送ってくれて、わたしたちはお別れの言葉を口にする。踵を返そうとしたローダさまは、ふと思い出したようにわたしを振り返り、こう告げた。

「そうだわ、カノン。最終日の閉会の儀には参加するご予定かしら」

「いいえ。最終日の予定は全く決まっていないんです」

 わたしの答えに、ローダさまは緩く首を振る。

「あら、駄目よ。ちゃんとご参加くださらないと。この国にとって大切なお知らせがあるのよ。どうかわたくしのためにご予定しておいてくださいな」

 大切なお知らせ? なんだろう。わたしは首を捻ったけれど、他でもないローダさまの頼み事。断れるわけがなく、わたしはわかりましたと頷いた。

 その日の夕餉は、特に記憶がない。美味しかったことは覚えているのだけど、母さまへの贈り物がまだ決まっていないことにずっと頭を悩ませていて、他のことはほとんど印象に残らなかったのだ。

 わたしはぼんやりとしたまま部屋に戻る。この日もばあやはどこかに出かけたままで、食事も湯浴びも他の侍女が手伝ってくれた。

 いくらお祭りの期間とはいえ、ばあやがこんなにも教会から姿を消すことは珍しく、どこか体でも壊したのではないかと心配する。だけども、わたしの脳内は母さまのことでいっぱいだったので、ばあやのこともそのうち忘れ去ってしまった。



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