ネバーオープニングストーリー ~転生とか言われたのであの名言で返してみた~
某月某日、トラックにはねられました。
そうです、異世界転生のテンプレです。
気が付くと目の前では美しい――けれど不思議と性的な「におい」の希薄な――女が、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。なるほど、女神だとか言われても、失笑が漏れ出ないだけの容姿ではある。
なんでも非業の死(笑)を憐れんで、異世界に転生させてくれるんだとか。なにやらチートくさい特殊能力のおまけつきで。
「く、首を縦に振れば……あなたの言葉に頷けば……ほ、ほんとに……ぼくの『命』……は……助けてくれるのか?」
声が震えているのは許してほしい。相手が本当に神様ならば、緊張するのも当然だろう。
彼女が神である証拠、となるわけでもないが、周囲の状況からして異常だった。
何も無い、青とも黒ともつかない色で満たされた空間で、地面すらも判然とせず、自分が何を踏みしめているのかわからない不気味さがある。
こういう悪戯を成立させる方法にも、しでかすちから(権力やら財力やら超能力やら)を持った知り合いにも、全く心当たりが無い。
「えぇ。より正確に言うのならば、やり直す機会を与えましょう。記憶と人格を保持したまま、あなたは生まれ変われるのです。同時に祝福を、特別なあなただけのちからを授けましょう。
さぁ、まずは転生の意思を示してください」
それが慈悲だと信じて疑わない、こちらが拒絶するなどと夢にも思っていない顔に、覚悟が決まった。それを言えばさぞかし胸のすく思いがするだろう。
「だが断る」
「……へ?」
女神様(自称)はぽかんと口を開け、それはそれは間抜け面をさらしてくださった。ハッ、ざまぁ。
「この深山慧が最も好きな事のひとつは、自分で超越者だと思ってるやつに『No』と断ってやる事だ……」
一生に――正確にはロスタイムに入っているらしいが――一度は言ってみたいセリフのひとつが言えた。これで思い残すことは……もちろん無いはずがないけれど、それなりには満足だ。
ここで『わが生涯に一片の悔い無し』とか重ねられれば、それはそれでサマになったのかもしれないが、名言のために嘘をつくのは粋じゃない。
悔いはある、不満もある、けれど何より……意地が、あった。
「え、待って待って待ってなんで? 事故死だよ? 何の非も無いのに死ぬ破目になったんだよ? だからやり直させてあげるって、」
「その上から目線が気に入らねぇつってんだよ」
随分幼い口調になった女神(自称)を睨み付ける。これは引用と呼ぶにはズレすぎか。ちなみに素の口調はこっちのが近い。一人称も本来はオレだし。
絶句している自称神に、噛みつくような勢いで吐き捨てる。
「ひと様の死に様を勝手に憐れんで、惨めなもんにしてくれてんじゃねぇ。非業の死? そんなん、ひとの死は全部が全部そうなんだよ。悲劇でない死なんてない。あっちゃいけない。常に死は唐突で突然で、一切の納得も理解も拒絶するもんだ」
このロスタイム、それ自体がズルだ。イカサマだ。チートだ。だから。
――そんなものは、要らない。
「生命はひとつしかないから尊い。人生は一度しかないから価値がある。アンタがやってんのは尊厳を奪い、価値を無価値に貶める行為だ」知ってるか? と前置きして嗤い「ひとの生命を弄ぶ存在を、ウチの地元じゃ『悪魔』って言うんだ」
いや、これくらいで仮にも女神(自称)が涙目になるなよ。子どもか。
「……悪魔じゃないもん。女神様だもん」
いやマジで子どもか。
いいかげん相手をするのも面倒なので、そろそろとどめを刺すとしよう。
「なぁ、神様って生きてるもんなの?」
「――は?」唐突な話題の転換に怪訝そうにしながらも、根が素直なのか正直に答えてくれる「そりゃ生きてるわよ。普通に死んだりはしないけど」
「そっか。それを聞いて安心した」
「何が? ねぇこれなんの話?」
「いや、知り合いってわけでもないけど、居たな、って」
「いやだから何が?」
「生きているのなら、神様だって殺してみせる、って豪語してたひとが」
――創作物の中に、だけど。
「ねぇ、ちょっと? さっきから何言ってるかわかんないんだけど?」
「わからない? 神様(自称)なのに?」
「かっこ自称とかゆーなっ!」
「ならわかり易く現代語訳してやるよ」
にっこりと。表情を作るのは苦手なので、どれほど巧くできたかはわからないが、出来うる限りの笑顔で以て、オレは告げた。
「くたばれ☆」
一瞬の空白。そして……
うっわ泣きやがったこの女神(自称)。それもかなりのガチ泣きだ。顔をぐしゃぐしゃにした、まるで子どもの泣き方で、美人が台無し……って、オイ待て。
気づけば其処には幼女が居た。見た目の年齢は一桁くらい。途中からの言動が納得できる見てくれである。綺麗は綺麗だが、女神というより天使といった印象だ。
なるほど、ガワがあっても色気を感じないわけだ。中身こんなんに欲情してたらイロイロとヤバイ。
「厚化粧がはがれてんぞ、自称女神様?」
「女神様に厚化粧とか……へわ!?」
「そっちが本性、ってわけだ。道理でガキくさいと思った」
「ちょっ! 女神様つかまえてガキとか……」
「ギャン泣きしといてほざくな」
けれどまぁ、良い土産話ができた。女神を泣かせてやった、なんて武勇伝があれば、地獄の亡者も腹を抱えて笑ってくれるだろう。
「さぁ、さっさと地獄でも何処でも送ってくれ」
「いや地獄なんてないわよ?」
「――へ?」
今度はオレの方が間抜け面をさらす番らしい。
「魂の漂白なんて一瞬で済むもん。だから天国も地獄も無いよ?」
……まぁ、それはそれで安心した。痛いのはヤだし。
――武勇伝を語れないのは、少し残念ではあるけれど。
「じゃあ、さっさと終わらせてくれ」
「え、待って、ホントに良いの? 今のあなたは消えるんだよ?」
「神のおもちゃにされるくらいなら、死んだ方がマシだ」
オレはオレとして、オレのままで死んで逝く。
それでいいし、それがいい。せめて意地くらいは通させてもらう。
「待ってそれじゃあわたしが経験積めない!」
「へぇ。経験、ね。」
馬脚を露すとはこういうのを言うのだろう。
「――あ。いや、その……」
「なるほど、雑魚モンスターはオレの方、ってことだ。同意を得て、転生させることでアンタに経験値が入る、と。」
同意、と。最初にコイツはそう言った。つまるところ、それが契約なのだろう。自身の利益を隠すことといい、どう考えても悪魔のやり口だ。
「い、いや、でもあなたにとっても悪い話じゃ、」
「人間なめんな、クソ悪魔。てめぇに奉仕するくらいなら、笑って消えてやる」
この神を自称するくそったれな存在に、一矢報いることができるなら。あぁ、今度こそ言えるだろう。我が生涯に一片の悔い無し、と。
「悪魔じゃないもん! わたしは本当にあなたのことを思って、」
「――真実を隠した? 悪魔じゃないなら詐欺師じゃねーか」
「違うもん!」
通じない話にため息をつく。考えてみれば、コレが自称の通りの神だろうと、予測の通りに悪魔だろうと、結局のところ、どうでも良い話だ。
命を弄ぶコイツは、敵だ。それさえわかっていればいい。
「どっちにしろ、結論は変わんねーよ。オレは何も要らない。代わりに、何ひとつくれてやらない。さぁ、さっさと真っ白に戻せ」
それ以上、語る気もないと目を閉じる。
こうしてオレの物語は終わった。いや、そもそも始まった時点で終わっていたものだ。だから本来あるべきではなかった時間が消えるだけ。
ここはこう言い直そうか。
物語は、始まらない。
始まらないし、続かない。
続けられなくはないですが、需要も無いでしょうし、やりたいことはやったので。