九の証言
「だから、覚えてないって言ってるじゃないですか」
何度も何度も吐いてきた偽言。いい加減にひと暴れでもしてやろうかと思っていた矢先、しびれを切らしたのは向こうも同じだったようで。
「覚えてますよね。貴方は完全記憶能力を持っているのだから」
「…あなた達、デリカシーが無いですよね、ほんと。覚えてないって言ってるんだから思い出したくないって事くらい分かってくださいよ」
「わかっています。ですがこれも任務なので」
二度も狂人に拉致監禁されて、更にはこうやって証言を強制される。一体僕は前世で何をやらかしたのかと強く恨む。前世の自分を殴りに行きたいくらいだ。
「ごめんなさい九。でも、この人達は信頼できるから。どうか、狂餐会を潰す為に協力してほしいの」
僕の側にずっと付いていながらも、静寂を守っていた彼女は、膝をつき、ただでさえ小さなその背を更に小さくして、申し訳なさげに僕に声をかけてきた。
「…漁に免じて、今回だけ…ですからね」
――女は言った。
「そう。これは記憶の植え付けの実験。あなた達はそう、まさに失敗作だったわけですが。ですが良いデータは取れました。失敗は成功のもと、と言いますから。あの人の理想の礎となるのです」
「それで…他に気になる様子などはありませんでしたか?」
「他にって」
「大まかな証言は熊之実堂にもできます。ですが細部の記憶は貴方に頼る他ないのです」
「…そう言われても…そうだな…柑田優香はそれが癖だったのかな、度々カメラの紐を弄る事があった」
「そのカメラの特徴は」
「カメラに詳しくないけど…普通の一眼レフだと思います。色まではわからないな…僕色盲だから」
「そうですか…カメラ…柑田優香の遺留品には無かった…。一番ヶ瀬さん、もう少しお付き合いいただけますか。国内外で生産されているカメラのリストを用意します」
「え…ち、ちょっと…まさか全部見ろって事…」
「そうです」
男は力強く頷く。僕は更なる拘束の継続を理解して項垂れた。