旭
この部分には同性愛表現(BL)があります
「子供…?」
珍しく彼女の方から呼び出されたと思えば、開口一番に持ちかけられた話が『子供を育ててくれ』というものだった。
「そう。ただでさえ子供作りすぎちゃったのに狂餐種の対応までさせられるようになって手が回らなくなったの。一人二人預かってくれない?」
たしか彼女は未婚のはずだが、事情があるのだろう。深くは追求しない。しかしその提案を受けるか否かは別問題だ。
「…急に言われて簡単に首を縦に振れる話ではないだろう…」
「いいじゃない。一人アンタの子だし。その子くらいは貰ってよ」
「ちょっと待て!私は君とそんな関係になってない!」
突拍子もない言葉に、思わず声を荒げてしまった。第一私には恋人がいる。現にその本人も今驚きを隠せない表情で私を見つめている。
「アンタのコピーよ」
「…コピー…クローンか…?」
「そうね。厳密には違うけど」
彼女は昔、クローン技術を研究していたとは聞いている。技術としては不可能ではないのだろう。しかしだ。
「そんな事に協力した覚えは…」
「髪の毛一本からでもね。遺伝子って拝借できるのよ」
「まさか他の子供たちというのも他人の…」
「そう。んで、一人にはアンタを元にして狂餐種の素を入れてるの」
彼女を知る者は口を揃えて「倫理観を投げ捨てた科学者」だと評する。まさに今、それを再確認させられた。
「…君は本当にやる事が滅茶苦茶だな…」
「で、貰う?貰わない?誰かが育ててくれなきゃアイツらの手に渡って何されるかわかったものじゃないのよ」
「…紀伊さん」
彼は私を見つめる。私のクローンだと言われれば、まだ見ぬその子供も他人事には思えないのだろう。
「会うだけ…会わせてくれ」
◇
「旭よ」
「…こ、こんにちは…」
彼女が連れてきた子供は、おどおどとしながらも、深々と頭を下げた。彼女が育てているにしては嫌に教育が行き届いている。恐らく彼女だけじゃない。会長も関わっているのか。
「奴らが言うには、通称NOA。狂餐種対抗用生体兵器。って事になってるらしいわ」
「その子、見るからに4歳くらいだろう。狂餐種が出てき始めたのは最近の事だ。あべこべじゃないか」
「アンタが狂餐会の監視についたのっていつだっけ?」
前任のカラスが狂餐会の監視から外れ、私が後任に就いた時期、それが5年より前。旭の年齢と符合する。
「まさかその時から作っていたのか」
「そうね」
「なのに狂餐種への対抗とは…何を…」
「…だって、こういう事態にでもならないと、非人道的だなんだとかで認めてくれないでしょ。あいつらにはちょっと成長が早くなるよう作ってるって言い訳通したけど」
「…この子達を認めさせる為に狂餐種を…」
「さあ。どうかしら」
彼女は視線をそらす。肝心な事は言うつもりがないという意志。問い詰めても無駄だろう。
「あ、あのさ…その子めちゃくちゃ紀伊さんに似てるな…」
ピリリとした空気に割って入るように、彼が言葉をかけてくる。
「そりゃあ、コピーだもの」
「でもほら、目の色は違うのか?両方茶色だ」
彼が言う通り、旭の瞳の色は気になっていた。片目に先祖返りが現れた私の青い色とは違う。
「だからそれが完全にクローンではないって事。その子は柴犬が入ってるから」
「へえ…」
彼は彼女の言葉を聞いてから、旭の方へ歩み寄る。
「名前、あさひ…?っていうんだよな?」
「はい…」
「俺は靄志。よろしく」
旭は彼が差し出した手をそっと握り返した。恋人が幼い子と触れ合っている。それが自分のクローンだという情報さえ無ければ、微笑ましい光景だと素直に感じられていただろう。
「あんたは何そんな険しい顔してんのよ」
「…自分のクローンに対してどういう感情を抱けばいいんだ」
「知らないけど。…旭、これがパパよ」
「…!」
彼女が私を指差せば、旭の表情が朗らかになり、そして何かを期待しているようにこちらを見つめる。
「パパ…お父さん…」
「…っ…」
情に流され安易に旭を引き取ると決めるつもりは無いが、屈託のない笑顔を向けられると、どうにも心が揺らいでしまう。
「あー…まあ、俺は紀伊さんの気持ちわかんないけどさ、そういう事でいいんじゃないの?父親って事だろ?大雑把に言えば」
彼は恐らく、私が旭を引き取る事を期待しているように思える。
「…一つ聞きたい。この子が私のクローンなら、この子も私と同じ…遺伝子に欠損があるのか」
「…そうよ。調べた限りでは」
だとすれば、惨い事だ。私が漠然と抱えている不安を、この先この子も抱える事になるのかと。
「…旭。私達と一緒に暮らすか?」
「…!お母さん…」
旭は自分の一存だけでは決められないというように、不安げに彼女を見つめる。
「いいのよ、あなたが決めて。私は今以上にあなたに構ってあげられなくなるし、一緒にいる事も難しくなるわ。…パパの所に行っても、また会えるから」
「……」
旭は俯き、静かに数秒考えた後、顔を上げて真っ直ぐ私を見据えた。
「お父さん…暮らします」
「ああ。よろしく、旭」