朝日に染まる忠犬の記憶
主人を見送ったあと、いつも脳裏をよぎる記憶がある。
それは彼の余命が宣告された日、泣きはらしたような目元を隠しもせず、父は僕に静かに語りかけてきた。
「あの子が亡くなったら、私も後を追おうと思う」
何を言っているのか分からなかった。いや、その意味は分かっている。そうする意図が、父の思考が、僕の理解の範疇には無かった。
「…それは、あの人には言ったんですか」
「言えるわけないさ。あの子はそんな事絶対に許さない。惨たらしく「生きろ」と、言うだろう」
「ただ、ずっと…彼に置いて行かれる事が辛かったんだ。本来ならば私が先に逝っているべきなのに。もう…休みたいんだ」
伏せられた目に帯びる哀愁に、見覚えがあった。
『死のうとしている人間を引き留める事ほど残酷な事はない』
それはいつかに見た記憶の中の母の姿と言葉。
「…すまない。お前を置いていくのも心苦しい。でも…どうか、赦してほしい」
「それが、あなたの望みなら」
僕に縋る父の手を取って頷いた。父と同じ体を持つ僕も、いずれ同じ立場になる。そうしたら、この時の父の思いも、理解できるようになるのだと思っていた。
「…わからない」
分からない。まだ。主人の死を憂いないわけではない。けれど、何度主人を失おうと、それを追い自ら命を絶つという思考には至らない。感情の欠如、生への執着。そして
僕が人ではないからなのか。