好きだよも、愛してるよも私だけ
「好きだよ」も、「愛してるよ」も私だけ。
いつもいつも…私ばっかり好きみたい。
ちら、と横を歩く人の横顔を見上げる。男の人にしては長めの黒髪がさらさら揺れていて、女の私からみてもとっても綺麗。
遊びなのかな。
そんな昏い声が心の中をよぎった。
私よりも五歳も歳上で、大人の男の人。どんな仕事をしているのかも知らないし、どんな食べ物が好きなのか、どんな本が好きなのか、紅茶と珈琲はどっち派なのか…。それに、どっち派問題で言ったら犬と猫だってどっちが好きなのかも知らない。
みんなからしたらどうでもいい事なのかもしれないけれど、もしも今、私がこのうちの一つでも彼について知っていたとしたらこんな不安に心を染めることはなかっただろう。
「ねえ、子供っぽい女は嫌いですか?」
私の口を突いて出た問いは、もうそれ自体がひどく子供っぽかった。
「何言ってるんですか。嫌いだったら貴方とお付き合いしていませんよ」
くす、と笑って彼は返す。
…そこはせめて、子供っぽい女が好きだから付き合ってるんだって言って欲しかったのに。
ううん、それよりも。
「私が子供っぽいって言外に…」
気にしてるのに。あなたに釣り合ってないんじゃないかって。
「ほら、すぐそうやってむくれる。そういうところですよ、子供っぽいの」
私はハッとして自分の頬を両手でぱちんと覆った。
「む、むくれてません!」
「いいえ、むくれてました」
「むくれてませんもん…!」
ここでもしも、「私のことちゃんと好きですか」なんて聞いたら、この人はどんな反応をするだろう。
…子供っぽいって、面倒くさい女だって思われるかな。
「むくれてましたよ。それはそれは可愛らしく」
その言葉は私の悶々としていた気持ちを吹き飛ばした。
この人、今、私のこと可愛いって。頬がだらしなく緩むと同時に熱くなるのを感じた。
「可愛、らしく…」
「おや、満更でもありませんか」
「うっ…」
「可愛いですよ。とってもとっても可愛いです。褒められるとすぐににやけてしまうところも赤くなってしまうところも堪らなく愛おしいと思っています」
可愛い、可愛い、愛おしい。
愛おしい。…それはつまり、「愛してる」ってことでは?
私は思わず彼の顔を見つめてしまう。「本当に?」と聞きたくなってしまった気持ちをぐっと抑え込んだ。
「どうかしましたか?そんなにじっと見つめて」
彼は不思議そうな顔をしてこちらを覗き込む。
私の気も知らないで。
「ううん、なんでもありません。今日も好きだなぁって思って見ていました」
へにゃっと笑ってそう言えば、彼も優しく微笑んで私の髪を撫でた。
「そうでしたか。それじゃあ相思相愛ですね」
ですね、とだけ返して、私は頭の上の彼の手に自分のそれを重ねる。
「好きだよ」も、「愛してるよ」も私だけ。
でも、もしかしたら彼はこうやって、直接的な言葉じゃなくてもいつも伝えていてくれたのかな、と。
それならこの関係も悪くないな、と。
ちょっぴり大人になって、そう思えた自分がいた。