好きの反対は無関心
「なあ、君。好きの反対は無関心だって昔の偉い人は言ったそうだよ」
屋上のフェンスの向こうに腰掛け、本を読んでいた女がおもむろにそんなことを言った。
「……」
彼女の背にあるフェンスに寄りかかって気怠そうにしていた男はなにも言わない。
「……君が好きの反対は嫌いだと思っていたようだったから教えてあげたんだけどね、余計なお世話だったかな」
女の視線が本から上がることはない。
そして、男の視線が女の方を向くこともない。
「ほら、私が君に好きだと言うたび、君は『僕は貴方がだいきらいです』と律儀に返してくれていただろう? 実は本当に私のことが好きじゃないなら無視をすればいいのにとずっと思っていたんだ」
「貴方……本当に莫迦ですね」
やっと発せられた男の言葉に、女は「おや。失礼だな、君」と漸く本から顔を上げ、からからと陽気に笑った。
「……莫迦も莫迦、大莫迦です」
そう呟いた男の表情は女のそれとは正反対だった。彼は涙に濡れた顔を体育座りに埋め、肩を細かく揺らす。
「本当に莫迦ですよ、貴方は」
女は困ったように眉を下げて、しかし優しく言う。
「……悪かったな」
男の方に向き直った女の、透き通るほど白い、血の気のない手が男の頭を撫でた。
「どうして何も教えてくれなかったんですか。一緒に苦しませてくれなかったんですか。一人で抱え込んだんですか……!」
嗚咽と共に男はそう吐き出す。
「僕はまだ、貴方に伝えたいことがたくさんあったのに……」
「そんなもの、知っていたよ。とうにね」
「好きでした。どうしようもなく貴方のことが好きだったんです。ねえ、ねえ、僕がこれを伝えていたら貴方は……」
はは、と女は笑う。
「それでも私は死を選んだと思うよ」
「死を選ばないで僕と共に生きていてくれたんでしょうか」
それらはほとんど同時に口に出された。
女は茜色の空を見上げたあと、どこかやりきれないような表情で男を優しく抱きしめた。
しかし彼女の透けた身体はフェンスを、男の身体すらも通り抜けてしまう。
男はそれに気がつけるわけもなく、子供のように泣きじゃくりながら叫んだ。
好きです、愛しています、と。
_____死後の両想い_____