婚約者と平民の危機
やっぱり王宮の図書室は広い。学園の図書室よりも広いんじゃないか?
本が読み放題。やったー。
じゃあ、ないない。
ようやく興奮がおさまってきた。
あー、怖かった。
人って、人以外のモノに簡単になれるんだね。
あのソーリマ様の顔。
思い出しただけで震えがくる。
振り乱した髪、睨み付ける血走った目、歯を剥き出しにしてつり上がった口、長い爪が僕に向けられていて。
殺される!と感じた。
恐怖で動くことも出来ず、思わず失禁しそうになった。
父がすぐに庇ってくれたし、近衛隊長らしき人がソーリマ様を止めてくれて、襲われなかったけど。
「キャスター、その小瓶を揺らしてみろ。」
イロノ国の間者が渡してきた小瓶は、本当に小さなモノだった。手で握るとすっぽり隠せるほどの。
その小瓶の八分目くらいまで液体が入っている。
僕は、小瓶の小さな首のところを掴んで振ってみた。
中身が少ししか動かない。粘度が高いようだ。
じゃあ、匂いは?
「蓋を開けるな。」
父親に止められた。
これ、何?僕が持っていてもいいもの?
「そこら辺に置くな。お前が持ってろ。」
怖くなって床に置こうとしたら、怒られた。
「それは、千年樹の蜜だ。剥き出しの状態だと手が爛れる。」
はぁ?剥き出しって、瓶に入っているのに?
「原液は強すぎるんだよ。一つの器では漏れてる。普通は千年樹の葉で包んであるのだが、さっきの者が持っていったようだ。」
はあ!僕も危ないじゃないか!
「千年樹というと、千年に一度花が咲くというイロノ国のさらに奥にある秘境の?」
近衛隊長らしき人が聞いてきた。
「そうです。この子は祖母が千年樹の花守りをしていたので大丈夫だと思いますが・・・。」
ちょっと待て、思うだけじゃダメなんだぞ!
息子が可愛くないんかい!!
「返しなさいよ!」
騎士に羽交い締めにされていた狂女が叫んでいる。
髪がもっとぐちゃぐちゃになって、ほんとに怖い。
羽交い締めにした騎士が、あっ!、うっ!と長い爪の餌食になって顔が凄い状態になっている。
「騎士殿、証拠を見せた方がよろしいですか?」
父よ、隊長らしき人と見つめ合って何言っているんだ?
早く息子の手から、怖い瓶をどける方法を考えてくれ!!
「お、お願いしよう。」
隊長らしき人は、ソーリマ様の方をチラリと見て頷いた。
「キャスター、その小瓶をソーリマ様に触らせるのだ。けっして落としてはならんぞ。」
えー、あの狂女に近づくの!!
それはそれて恐怖なんだけど・・・。
「ソーリマ妃殿下、貴重な蜜でございます。丁寧に。」
羽交い締めを解かれたソーリマ様は、父をジロリと睨むと僕のほうにやってきた。
怖い。本当に怖い。
小瓶を手の平に乗せ、差し出す。
ニィと笑ってソーリマ様がそれを握りこんだのが見えたら・・・。
「キャスター、落とすな。握り込め。」
頭が割れるくらいの絶叫の中、聞こえた父の言葉通り、再び手の中に戻った小瓶を握り締めた。
ソーリマ様が右手を突き出して、言葉にならない声をあげていた。
ボタリと黒くドロッとしたモノが床に落ちる。
ソーリマ様の指だったモノだ。
小瓶を掴んだ指の辺りから、黒く変色し広がっていく。ドロドロになってボタボタと床を汚していく。
「手を切り落としたほうが。」
もう指は無くなっていた。
銀色の光が見えた。
ボタッと音がして、手だったモノが床に落ちていた。
小さな悲鳴が聞こえ、ソーリマ様、マリークライスが失神していた。
直ぐ様、ソーリマ様の腕の止血がされソファーに寝かされた。
「直接は触らないほうがいいでしょう。あと、すべて焼却処分されたほうが宜しいかと。」
真っ青な顔をした隊長らしき人が父の言葉に頷いている。
「と、とうさん。」
「キャスター、私は婿養子なんだ。だから、触れん。義母から危険だから避けるようにと教えてもらっただけなんだ。」
僕が一歩近づく度に一歩下がる父。
小瓶が怖いのが分かるけど、地味に傷つくんだけど。
「ところで貴殿たちは。」
隊長らしき人が今さらながらに聞いてきた。
父が簡潔に色々説明している。
僕は、離れた場所で手の中の猛毒に途方に暮れていた。
「では、失礼します。」
父の言葉に慌てる。
えっ!ちょっと待って?一人逃げる気なの?
「今から義母を迎えに行ってくる。あの人ならどうしたら良いのか分かっているだろう。お前は王宮で保護してもらえることになった。」
ただ、小瓶と一緒にいるのが怖いだけじゃあ?
胡乱な僕の視線を避けて、父は二人の騎士と共に部屋を出ていった。
「父上の話によると、手に握ってなくてもポケットでも大丈夫だそうだ。」
隊長らしき人の言葉に僕は小瓶をハンカチにくるんで内ポケットにしまう。
「図書室に案内する。不自由はさせるがそこにいてほしい。」
で、案内されて、今、図書室で本に囲まれていた。
千年樹の蜜?
千年に一度咲く花っていうと、テオの雫だよなー。
あの馬鹿高い香水の。
もしかして、これがその原液?
じゃあ、幾ら?
これで香水を作ったら、エメリン、喜んでくれるかなー。
『キャスター、ありがとう。』と目をウルウルして見てくれるかな。
いや、エメリンのことだから・・・。
『キャスター、ありがとう。ティアシャルドネ様にあげてくる。』
うん、こうなるに決まっている。
誤字報告、ありがとうございます




