婚約者と悪女
明け方に目が覚めた。
腕の中に温もりがあるのは、嬉しすぎる。
眠たくないのに抱き締めて二度寝をしようとしてしまうよ。
まあ、ずっとこの可愛い顔を見ているのも楽しいけどね。
身を切る思いでベッドから降り、身を清めて身嗜みを整える。
机の上にある書類に目を通す。
調べさせていた残念男のことだ。
残念男は、今、一位聖人の座についている。
聖人として一番高い位だ。ちなみにマリークライスは、五位、下から四番目の聖女だ。
紙を捲る。
残念男か生まれた一ヶ月後に神殿から二人神官がこの国に来ていた。
一人がラーシナカ家に招かれた記録はあったが、二人のうちどちらだったのかまでは分からなかった。
そのうちの一人は、高齢で最近亡くなっている。
もう一人は、エマコトオ司教、その当時少年だったエマコトオ教司だった。
何故、神官がラーシナカ家に滞在していたのか、その時、残念男が聖人と認定されたのかはどうしても分からなかった。が、可能性は十分にある。
真実を知るには、エマコトオ司教と話す必要があるな。
「れおん、さま?」
彼女が起きたみたいだ。ゆっくりと寝室に向かう。
「シャル、おはよう。けど、呼び方か違うよ。」
また布団を被って。その姿も可愛いけどね。
「ヒロト様、おはようございます。」
良くできましたと、彼女と唇を重ねた。
彼女が側にいる生活は、すぐに慣れた。
執務室にも連れていき、書類の整理とかを手伝ってもらう。
学園に行かせてあげたいけど、今は無理だ。
彼女を王宮に連れてきて数日で彼女の悪評はやはり酷くなっていく。
噂によると、私は寵姫に骨抜きにされ堕落した生活を送っている駄目王子らしい。
寵姫は合っているが、堕落した生活は送っていない。
確かにね、学園から連れ帰った日はどんな声がかけられても部屋から出ず彼女を貪っていたよ。
思いが通じあったのだよ。その日くらいハメを外してもいいと思わないかい?
翌日からは彼女を伴って執務室で公務をしていた。
公務か滞っているのは、書類が届くのが遅いからだ。
地味な嫌がらせ。そのお陰で彼女と遊んでいて、公務をしていないと思われている。
議会には参加していない。どうせ参加しても愛妾である彼女と距離を取るように言われるだけだ。
正妃を娶るまで控えるように、と。
ああ、また一個団体がやってきた。
椅子に座ったままで向かえる。何かあるといけないから、彼女は私の隣に立っているよ。
「レオンクラウド殿下。」
「どうした?」
先頭は、ナオプール伯爵か。
「小麦の出来高の書類が。」
「ああ、それを私も聞こうと思っていたのだ。」
一枚の書類の束を机の上に取り出す。
「出来高が妙でな。合計は合っているが、クサフ地方は豊作と聞いていたのに普通といわれた去年より数値が低い。ボンタ地方は麦畑が広くなったのにそれが書かれていない。ケタハ地方の資料が抜けている。早急にやり直してほしい。」
ナオプール伯爵の口元がプルプルと揺れている。
ギリギリで持ってきて、盲判を押させるつもりだったのだろう。
私の失態を狙ったのか、着服を狙ったのかは分からないが。
「確認したが、おかしいのは数年前からだ。時間は厳しいがしっかり調べてくれ。次に・・・。」
私は、急ぎの案件の辻褄の合わないところや不備を指摘していく。
「それから、私の元に届くのが遅い理由を教えてもらおうか?」
私は、前にいる者たちに笑いかけた。
「いえ、そんなことは・・・。」
フルフルと頭を横に振っているが、男たちがやっても可愛くない。気持ち悪いだけだ。
「シャル。」
「ウヨジウコからの報告書、治水関係、街道整備状況の書類がこちらにあるはずですが、何もきておりません。例年なら承認がおり次年の予定が建っている時期です」
机の上に広げられた紙は、彼女が書いた予定表だ。
何をいつ頃までに一年間の予定を大雑把に書いてある。
「ティアシャルドネ様もお手伝いを?」
そうだよ。彼女は暇だからと遊んでいない。書類の整理から、資料集め、色々してくれるよ。
「作り直した資料は、全て彼女がしてくれた。」
一覧表、グラフ、異世界の知識を使って見易く分かりやすい資料を作ってくれた。
「しかし、ティアシャルドネ様は学園に通われたほうが・・・。」
今回の訪問が″それ″も言いたかったのは分かっている。
少しでも私と彼女を離したい。
「ナオプール伯爵、冷めてしまったがそこのお茶を飲んでみるかい?」
小さなテーブルにお茶の入った茶器があった。
「侍女がシャルに淹れたお茶だ。侍女が置いていってから、彼女も私もその机には近づいていない。」
ナオプール伯爵は、茶器を触ろうとしない。それどころか机に近づきさえもさしない。
ナオプール伯爵からの差し入れのお茶なのに。
一人の文官が来て、試薬のような物をいれた。
「毒だ。侍女を。」
慌ただしく動き始める。
侍女は、もう処分されているだろう。口封じで殺されている。
震えている彼女の手が目に入った。
慰めるようにその手を握る。
彼女のせいじゃない。だが、優しい彼女は自分を責めるだろう。
自分を責めないで。
私室に戻るなり、彼女は侍女のことで落ち込んでいた。
こういう世界だから、仕方がないことなのだけどね。
そんな優しい彼女が好きだよ。私は、そんな気持ちは忘れてしまったから。
あの侍女は、やはり死体で発見された。
ナオプール伯爵は、お茶に手をつけなかった理由を色々言っていたが、その場にいた者たちに不信感を与えたのは確かだ。机に近づくくらいのことは、出来たからね。
これから、もっと手の込んだことを仕掛けてくるだろう。
守るからね、絶対に。




